食べる、美味しい表現、描写を小説から学ぶ
カオリも遅れてイチジクを口にする。 すっとした鼻に抜ける爽やかな感覚と、口内いっぱいに広がる濃厚な甘さが両立している。 「シナモンですね?」 「シナモンと、それからカルダモンも少し入れています」 森晶麿さんのかぜまち美術館の謎便りより
薫子はさっそく、らっきょうにカリッと歯を立てた。 柚木麻子さんのあまからカルテットより
しっとりと輝く褐色のお稲荷さんが、九個仲良く鎮座していた。 「美味しそう」 思わず唾を飲みこむ。急に空腹を感じた。 「いただきます」 洗っていない手で一個つかみ取ると、口を大きく開けて頬張った。いつもなら考えられない行動だが、躊躇はない。 じゅ…
少女はむりゃぶりつくように麺を啜った。目を丸くする二人を尻目に瞬く間に一人前を平らげ、よほど空腹だったのだろう、小さな手で丼を抱え、スープをゴクゴクと飲みはじめた。最後は顔が隠れてしまうほど丼を傾け、スープが口から溢れた。 横山秀夫さんのル…
「ほら、もってけよ。揚げたて! 一個やっから」 武田君に無理矢理押しつけられた油染みのある紙袋はほんのり温かい。親子面談前にこんなもの持たされても困る。早く食べてしまわねば、と仕方なくコロッケを取り出し、さくりと歯を立てた。じゃがいもはほく…
「じゃあ、あんただけでも食べな。たこ焼き、好きでしょ」 彼女に勧められるまま、折りたたみテーブルの上に無造作に投げられたその温かな包みを開いてみた。かりっと焼かれた丸いたこ焼きにピンク色のソース。食欲をそそる香ばしい匂いにうっとりする。一口…
「はい、ゼリーと紅茶よ」 ダイアナは目をぱちくりさせ、彩子ちゃんのお母さんの差し出した湯気の立つマグカップと半分に切ったグレープフルーツに詰まったゼリーを見下ろす。ダイアナにとってのゼリーとは、コンビニで買う、透明のカップに入った濃い色のも…
接続のいい電車が来るまで十分ほどあった。千歳は空いていたベンチに座り、のど飴を一つ口に含んだ。薄荷(はっか)の香りが鼻に抜ける。 有川浩さんのシアター!より
「これ、ステーキ肉なんだって。今日の最高級食材らしいよ」 ほどよく焼けた厚みのある肉。僕はちょっと感動しながら、それにかぶりつく。ほどよい脂っこさと、焼いたトマトの酸味。そこにきつめの塩が効いていて、すごくおいしい。 坂木司さんの僕と先生
最初の刺激の後に、チョコ本来のまろやかでクリーミーな味がやってきた。口の中を滑るように広がっていく感触は、まるで最初から液体だったもののようだ。 坂木司さんの僕と先生より
割り箸を割って、熱々の麺をすくい上げる。息を吹きかけて、勢いよくすする。 ……うまい。 そばは、胃の腑へするすると落ちていった。かつおだしのつゆを飲む。これも、沁みるほどうまかった。つゆを吸った油揚げはほんのり甘く、口の中いっぱいにうまみが広…
あの頃、母の手製のおにぎりは、この世でいちばんおいしい食べ物だった。 梅干しの酸味を中和する、海苔の香ばしさとご飯の甘み。まん丸いおにぎりは、母のあたたかな手のひらの味わいそのものだった。 原田マハさんの生きるぼくらより
昼飯の弁当は、つくね丼だった。進が由希子から教えられたという鶏つくねハンバーグのアレンジ版で、甘辛のタレと焼きピーマンを添えてあるのが大人用だそうだ。 「ちなみに子供用には、ミックスベジタブルが入っているらしいですよ」 俺の代理で弁当を受け…
きりたんぽ鍋はしみじみと味わい深く、おいしかった。舞茸はボスが山に入って採ってきてくれた天然物だし、鶏は近所で飼われている地鶏をさばいてもらったものだ。ハツやレバー、砂肝などの内臓系を一緒に入れたから、より味に深みが出ている。セリもしゃき…
ハンバーグの表現 いただきます、と両手を合わせた後、恭平がナイフとフォークを持った。ハンバーグの表面は程よく焦げていて、ナイフで切ると、滲み出た肉汁とデミグラスソースが混ざり合って湯気を立ち上がらせた。 「いつもながら、そちらも旨そうだ」湯…
ポトフの表現 このポトフは、これまで経験したことのない洗練された味がした。喉を滑り落ちていく熱いスープは見た目よりはるかにコクがあるのに、胃に落ちるとハーブの爽やかさが広がり、脂を洗い流してくれる。 柚木麻子さんのランチのアッコちゃん
アジの開きを食べている表現 口の中で水分を失ってぱさぱさと崩れたアジを、じっくりと咀嚼する。 朝井リョウさんのもう一度生まれるより
焼いた鮭の表現 「この鮭、あぶらたっぷりすぎない? 揚げてるみたいになってきたけど」 大丈夫なのコレ、なんて言いながらひーちゃんも楽しそうだ。魚から出るあぶらは肉のそれと違ってやさしいにおいをしている。たきたてのごはんのにおいと混ざって、それ…
美味しそうなケーキの表現 島に来て以来初めて食べるちゃんとしたケーキに、思わす心がぴょんぴょんと飛び跳ねそうだった。ワクワクしながらフォークで切り取り口に含むと、クリームからはほんのりと黒糖とチョコレートの味がして、舌の上でとろけるようだ。…
ニカニカ笑いながら、章大はよく冷えた麦茶を飲む。浩子は、波打つ小麦色の喉元から思わず目を逸らした。 朝井リョウさんの世にも奇妙な君物語より
ビールが喉をとおる時の表現 ダイニングテーブルの上に冷えたビールが用意されていた。 缶のプルタブを開けて、そのまま呷る。喉をひりつくような刺激が落ちていく。頃合いを見計らったように、美津子がつまみを持ってきた。益子焼の器に、茄子の煮浸しが盛…
苺の表現 葉をめくり、赤い実を見つけ、もぐ。練乳に苺をつけ、頬張ると、慈愛に満ちた母の優しさを溶かし込んだかのような、甘いミルクの味と、苺の酸味が身体に沁みてくる。これなら、いくらでも食べられる、縦横無尽にハウス内をうろつきまわり、苺を全部…
子羊のローストの表現 今回は、背中の肉を使い、マスタードをたっぷり塗った肉の上からパン粉で包んでアーモンドオイルでローストする。パン粉には、細かく刻んだニンニクとルッコラが混ざっている。羊の脂の融点が低いので後味がさっぱりし、いくら口に入れ…
サムゲタンの表現 スープの中で温まった鶏をまな板の上に引き上げ、ナイフでざっくりと身を切り分ける。中に詰めていたごぼうやもち米から、上等な鶏のスープを含んだふくよかな匂いのする湯気が立ち上る。匂いをかぐだけで、体がぽーっと熱くほてる。 小川…
甘鯛のカルパッチョの表現 甘鯛のカルパッチョものせる。甘鯛は約半日昆布で締めたものに、塩とオリーブオイルをかける。その皿を出し終えてから、ようやく次のサムゲタンスープの準備に取りかかった。 小川糸さんの食堂かたつむりより
生牡蠣の表現 軍手をはめて専用のナイフで牡蠣の殻をこじ開けると、ぷっくりとした大きな身が現れる。私は、何もかけずにそのままの状態で白い皿の上に生牡蠣をのせた。 小川糸さんの食堂かたつむりより
美味しいドーナツの表現 私は一晩中ドーナツを食べ続けた。生地の中にケシの実を入れ、シナモンと黒砂糖をまぶした優しい味を、私は一生忘れないだろう。 胡麻油でふんわり揚げた一口サイズのそれを口に入れて頬張るたび、祖母と過ごした日向ぼっこのような…
ビールをがぶ飲みする表現 麻美はプルトップを開けると、中の冷たい液体を一気に喉の奥に流し込んだ。 そしてオヤジような大きなため息をつくと、いつのまにかスマホが鳴り止んでいるのに気が付いた。 志駕 晃さんのスマホを落としただけなのにより
珈琲の表現 麻美の前に白いコーヒーカップが置かれる。 「砂糖とミルクは」 「いらない」 コーヒーカップを両手で持って近づけると芳醇な香りが鼻腔を満たす。 志駕 晃さんのスマホを落としただけなのにより
水ようかんの表現 (お、おいしいっ!) 極限のゆるさで固められた水ようかんは、舌の上で滑るようにとろけて広がってゆく。家で食べていた缶入りのやつとは、まるで別物だ。 坂木司の和菓子のアンより