石神は謎の男と靖子とを、交互に見つめた。二人が挟む空気が揺らいでいるように感じられた。
「うん、まあ、二人の顔を見たくなってさ」工藤は鼻を掻きながら靖子を見た。
「ああ……そうだったのか」石神の胸に広がりかけていた不安の雲が急速に消えた。
あの教師が自分に気があると聞かされても、ぴんと来るものがまるでなかった。靖子にとっては、アパートの壁のひび割れのように、その存在を知りつつも、特別に意識したことはなく、また意識する必要もないものと思い込んでいたからだ。
代金を支払う時になってようやく、「寒いですね」といってみた。だが彼のぼそぼそと呟くような声は、後から入ってきた客のガラス戸を開ける音にかき消されてしまった。靖子の注意もそちらに移ったようだ。
三月に入ったとはいえ、まだ風はかなり冷たい。マフラーに顎を埋めるようにして歩き出した。
彼は両手をポケットに突っ込み、身体をやや前屈みにして足を送りだした。