中山七里さんの護れなかった者たちへの表現、描写
これは熟練の刑事の目だ、と思った。八年前の取り調べで嫌というほど味わった、あのねっとりと身体に纏わりつくような視線だ。およそ外見を信じず、己の経験と嗅覚だけを頼りに獲物を嗅ぎ分ける猟犬の目。
顔を上げる。そろそろ正午に近く、厚く垂れこめた鈍色の雲から淡い光が洩れている。
社宅の玄関を出た途端、強い風に目蓋を閉じた。十一月も半ばに近づくと風が尖り始める。東北の冬はもう傍まできている。
「いつも夕方からこんな時間まで面倒みてくれてありがとうね。そうだ、何ならお茶でも飲んでいかない?」
久仁子はドアを開けたまま艶然と笑い掛けてくる。
声は粘着性の糸ようだった。
笑顔は妖しい誘蛾灯のようだ。
「今でなくても結構ですから、正式に文書でご依頼いただけますか」
苫篠は心中で歯噛みする。言葉は慇懃だが、裏を返せば正式な文書での依頼がない限り着手しないと言っているようなものだ。
「時間がかかるとは言っていません。通常業務を優先させてほしいのですよ」
支倉は唇の端に傲慢さを浮かべている。
店の駐車場が広かったので、利根は車止めに腰を下ろしてオムライスの蓋を開けた。店員の「温めましょうか」という問い掛けに一にも二もなく頷いてしまったが、容器の底から伝わる熱が、今は有難いと思えた。
ひと口頬張ると、焼いたタマゴの甘さとケチャップの酸っぱさが口中一杯に広がる。
対する六十代の男は頭頂部にわずかな白髪を残した小男で、血走った目で沢見を睨み据えている。