ふせたままの彼女の瞳から、哀しいきらめきが生み落とされたからだ。
隘路に吸い込まれる直前、《タレーラン》からもれ出る明かりにほんの一瞬、照らされた横顔は、蝋(ろう)で固めたみたいにかたかった。
感じた胸の痛みさえ、起死回生を目指して高まる鼓動の中に溶けてしまった。
腰を預けた鉄製の柵の冷たさが、ジーンズの生地を易々と通過して肌に伝わる。
グレーのスーツには見覚えがあった。距離を置いて見ると身長はすらりと高く、セルフレームの眼鏡はつんとした鼻梁にフィットしている。
夏の終わりの太陽が作る濃密な影に立ち向かうように、バリスタは橋の下へとずんずん歩み出て、健斗君よりひと回りも体格のいい三人組の正面に迫った。
「ごめんなさい、でも、気になるんです。あの子の持ち物が」
体の動きに合わせて、声が毬(まり)のように跳ねている。
つやのある黒髪は短めのボブ。細すぎない眉、高すぎない鼻、厚すぎない唇は整ってこそいるものの平凡だが、丸顔に黒目がちの目がどことなく愛嬌のある印象を醸し出す。小柄な体にまとう制服は、前回と変わらない。
唇から注ぎ込んだ瞬間、鼻腔にふわりと広がる香ばしさ。次いで感じたのは、そっと舌をなでるような甘みだった。丹念に炒られた豆だけが生み出せる絶妙な清涼感が、刺々しくなりがちな後味を上手にフェードアウトさせている。
間違いない。これぞまさしく、かの至言の中に夢見てきた味。
長らく僕が探し求めてきた、理想ともいうべきコーヒーの味。