若い人には信じられないかもしれませんが、人間というのは、六十歳を過ぎてから大きく成長するのです。初めて人生を俯瞰することができ、なんのために生きるのかという若いころからの問いに対する答えをやっと見つけ、人間性を磨くことができるのです。それまで自分の家庭を守ることを第一義に考えるあまり、私利私欲に生きてしまうことの多かった生活も、ふと立ち止まり、来し方を振り返り、もっと広い目で人生を考えられるようになるのです。いわば人生の醍醐味とは六十歳を過ぎてからなのです。
「そうよね。ごめん」
ーー東洋子が謝ることじゃないよ。そのうち、いつか機会があったら会いましょう。
「そうね、そのうち、いつかまた」
<そのうち>や<いつか>なんて日は来ない。
電話で話すうち、藍子がだんだんと白けてくるのが手に取るようにわかった。
そういえば、年賀状に添えてある言葉といえば、「いつか会いましょう」や、「今年は会えるといいですね」ばかりだ。人生が七十年と決まった今、<いつか>という日が来ない可能性は高くなった。いや、例の法律がなくても、<いつか>と言っているうちに歳を取って病に倒れ、会えずじまいで死んでしまうのが普通かもしれない。
あと十五年で七十歳。
若い人にとっての十五年は長いかもしれないけど、五十代の自分には、それがあっという間だと知っている。歳を重ねると、時の流れの速さに慄然として、立ち竦んでしまうことがある。「私もこの前まで学生だったのに」などと言おうものなら、桃佳の失笑を買うが、決して冗談で言ってるわけではない。
新卒のときは、ゼミの教授の推薦状があったからすんなり就職できた。その当時はそれを当たり前のことだと思っていたから、感謝の気持ちなどたいして持っていなかった。だけど今にして思えば、実はあれが最初で最後のラッキーチャンスだったのだ。