人生も後半戦! これから先も楽しもう!

人生も後半戦になったら、これまでの生き方に後悔することもあります。しかし、後悔しても仕方ない。この先楽しく生きるためにいろんなことに挑戦

中井由梨子さんの20歳のソウルの書き出し

 

 

 満員の千葉マリンスタジアム

 浅野大義ヒロアキとともに応援席に向かうと、サングラスをかけた高橋健一先生が「よお」と片手をあげた。

 トロンボーンは最前列。大義はその列の端に愛用の「ロナウド」を構えて立った。「大義先輩と吹けるの、嬉しいです」と、隣の後輩が微笑む。大義も、なんだか夢を見ているようだった。

 3年前、高校の教室で思い描いた、応援席。トロンボーンは最前列の花形。千葉テレビのカメラがそんな彼らをとらえている。久しぶりに目立ちたがりの大義の本能がむくむくと湧いてきた。

 夏の甲子園をかけた千葉県大会準決勝。試合は2回に1点を先制した大義の母校・市立船橋高校優位で進んでいた。相手は強豪・習志野高校。大義の憧れた、習志野高校吹奏楽部オリジナル応援曲『レッツゴー習志野』の美爆音がこちら側のスタンドにまで響いていた。

 6回表。習志野は、この美爆音に後押しされるように同点に追いつく。しかし市船もそれ以上の追加点は食い止めた。

 6回裏、市船の攻撃。

「よーし、出番だ」

 市船の応援団が一斉に立ち上がった。

「いくぞぉ、市船ぁ!」

 大きな掛け声と共に野球部の応援団が掲げたプラカードには「ソウル」の文字があった。

 来た!

 大義が作った応援曲『市船soul』だ。ロナウドを持つ手に力を込めた。

「ソウルー!」

 吹奏楽部のメンバーが大声で叫ぶ。

 

 タカタカタッタ、タカタカタッタ、タカタカタッタ

 ドンドンドン!

 

 大義がこだわったドラムが速いスピードで打ち鳴らされる。観客席から歓声が起こる。

 大義は後輩たちと共に、『市船soul』を奏でた。

 

 ソシソシドシドレ、ファー、ソーレファソ、ファ、ミファミレー。

 

 速い動きのスライドと共に鳴り響く、短調なメロディ。初めて自分で、球場で吹く自分の曲。その中に応援団の掛け声が大きく重なる。

「攻めろ、守れ、決めろ、市船!」

 何度も何度も繰り返される、あの6小節。迫りくるような音が選手に神風を送った。

 1アウト1塁から4番のヒットが飛び出し、1、2塁へ。続く5番はフォアボール。満塁となった。本ゲーム最大のチャンスだ。

 プラカードは、「ソウル」のままだ。

 吹奏楽部も大義も、『市船soul』を吹き続ける。大義は心で願い続けた。このメロディに込めた思いを吹き続けた。

 歓声が起こった。

 バッターの打球が歓声を切り裂く。

 左中間を破る、走者一掃の3点タイムリスリーベース。ランナーが次々と返ってくる。スタンドは割れんばかりの歓声に包まれた。

 大義も大声で叫んだ。

 

 この回に4点を奪い、5対1とした市船は、そのまま逃げ切り、ゲームセット。決勝進出を決めた。明日の決勝に勝てば、9年ぶりの甲子園出場だ。

 帰りの車中の気分は最高だった。ヒロアキとバカ話をして大笑いをした。

 翌日の決勝。相手は、甲子園に連続出場を果たす強敵の木更津総合高校。2回に2点を先制されたが、『市船soul』の鳴り響く中、2点を返して同点に追いついた。

「ソウル、すげえ!」

 スタンドで誰かがそう叫んだのを大義は聞いた。

 Twitterでは、『市船soul』が一躍話題となっていた。

「ソウルが流れると点が入る」

神曲

市船のチャンステーマ」

「かっこいい」

 試合中も、スマホをチェックしているとそういったツイートが次々とあがってくる。

「何、ニヤついてんだよ」

 高橋先生が大義を振り返り、笑った。

「いやあ、俺、いい曲作ったなあ、と」

「まあ、そうだよな」

 生きている。大義はそう思った。俺は今、生きているんだ。

 ここに、このスタンドに、俺は生きている。