満員の千葉マリンスタジアム。
浅野大義がヒロアキとともに応援席に向かうと、サングラスをかけた高橋健一先生が「よお」と片手をあげた。
トロンボーンは最前列。大義はその列の端に愛用の「ロナウド」を構えて立った。「大義先輩と吹けるの、嬉しいです」と、隣の後輩が微笑む。大義も、なんだか夢を見ているようだった。
3年前、高校の教室で思い描いた、応援席。トロンボーンは最前列の花形。千葉テレビのカメラがそんな彼らをとらえている。久しぶりに目立ちたがりの大義の本能がむくむくと湧いてきた。
夏の甲子園をかけた千葉県大会準決勝。試合は2回に1点を先制した大義の母校・市立船橋高校優位で進んでいた。相手は強豪・習志野高校。大義の憧れた、習志野高校吹奏楽部オリジナル応援曲『レッツゴー習志野』の美爆音がこちら側のスタンドにまで響いていた。
6回表。習志野は、この美爆音に後押しされるように同点に追いつく。しかし市船もそれ以上の追加点は食い止めた。
6回裏、市船の攻撃。
「よーし、出番だ」
市船の応援団が一斉に立ち上がった。
「いくぞぉ、市船ぁ!」
大きな掛け声と共に野球部の応援団が掲げたプラカードには「ソウル」の文字があった。
来た!
大義が作った応援曲『市船soul』だ。ロナウドを持つ手に力を込めた。
「ソウルー!」
吹奏楽部のメンバーが大声で叫ぶ。
タカタカタッタ、タカタカタッタ、タカタカタッタ
ドンドンドン!
大義がこだわったドラムが速いスピードで打ち鳴らされる。観客席から歓声が起こる。
ソシソシドシドレ、ファー、ソーレファソ、ファ、ミファミレー。
速い動きのスライドと共に鳴り響く、短調なメロディ。初めて自分で、球場で吹く自分の曲。その中に応援団の掛け声が大きく重なる。
「攻めろ、守れ、決めろ、市船!」
何度も何度も繰り返される、あの6小節。迫りくるような音が選手に神風を送った。
1アウト1塁から4番のヒットが飛び出し、1、2塁へ。続く5番はフォアボール。満塁となった。本ゲーム最大のチャンスだ。
プラカードは、「ソウル」のままだ。
吹奏楽部も大義も、『市船soul』を吹き続ける。大義は心で願い続けた。このメロディに込めた思いを吹き続けた。
歓声が起こった。
バッターの打球が歓声を切り裂く。
左中間を破る、走者一掃の3点タイムリースリーベース。ランナーが次々と返ってくる。スタンドは割れんばかりの歓声に包まれた。
大義も大声で叫んだ。
この回に4点を奪い、5対1とした市船は、そのまま逃げ切り、ゲームセット。決勝進出を決めた。明日の決勝に勝てば、9年ぶりの甲子園出場だ。
帰りの車中の気分は最高だった。ヒロアキとバカ話をして大笑いをした。
翌日の決勝。相手は、甲子園に連続出場を果たす強敵の木更津総合高校。2回に2点を先制されたが、『市船soul』の鳴り響く中、2点を返して同点に追いついた。
「ソウル、すげえ!」
スタンドで誰かがそう叫んだのを大義は聞いた。
Twitterでは、『市船soul』が一躍話題となっていた。
「ソウルが流れると点が入る」
「神曲」
「市船のチャンステーマ」
「かっこいい」
試合中も、スマホをチェックしているとそういったツイートが次々とあがってくる。
「何、ニヤついてんだよ」
高橋先生が大義を振り返り、笑った。
「いやあ、俺、いい曲作ったなあ、と」
「まあ、そうだよな」
生きている。大義はそう思った。俺は今、生きているんだ。
ここに、このスタンドに、俺は生きている。