人生も後半戦! これから先も楽しもう!

人生も後半戦になったら、これまでの生き方に後悔することもあります。しかし、後悔しても仕方ない。この先楽しく生きるためにいろんなことに挑戦

原田マハさんの楽園のカンヴァスの表現、描写

 

 

 織江の笑顔を見るたび、胸が甘い疼痛を覚えることを、ティムはとっくに自覚していた。けれど、それを恋だと認めたくなかった。認めてしまえば、負けなのだ。

 

 

「そうですね、またいつでも来られる。でも、次に来たときには、きっと、いまの私ではなくなっているはずです」

 そう応える、織江は、ふっとさびしそうな瞳をした。

 

 

 腰の高さに積み上げられた古い煉瓦の向こうには、なだらかな堤が広がり、可憐なカミツレの花が風に揺れている。ライン川は滔々(とうとう)と豊かに流れ、夕日を弾いて呼吸するようにきらきらと輝いている。

 

 

 傾きかけた太陽の光が、ふたりの影を白い小径の上に長く伸ばす。

 

 

 コンコン、と几帳面なノックの音がした。ぎくりとして、ティムは顔を上げた。ドアに近づいて、のぞき窓にそっと目を当てる。廊下に立っていたのは、織江だった。

 

 

 ディナーのために着替えたフォーマルなワンピースは、少し大きめに胸元が開いて、みずみずしい肌が夕日に輝いている。見てはいけないものを目にしてしまったような気がして、ティムは生真面目に顔を逸らした。

 

 

 ティムはジュリエットの瞳を見た。鳶色の虹彩が、かすかに揺れている。ふたりは、ほんのわずかのあいだ、ただ黙ってみつめ合った。

 

 

 淡々と話すジュリエットの様子をみつめるうちに、ティムの頭の中では記憶の回線がパチパチとショートし始めていた。

 おれは、確かに、彼女と会ったことがある。いや、見かけたような気がする。

 わからない。いつ、どこで見かけたんだー。

 

 

 期待の泉から手押しポンプで水をくみ上げるような気分になりました。

 

 

 頭の中心で、がんがんと鐘が鳴り響いている気がした。全身の血管から、すうっと血が逃げていく。空洞のような耳の中で、勝ち誇ったようなマニングの声がこだまする。

 

 

 ふと、黒い瞳がこちらを向いた。ティムは、あわてて目を逸らした。ふっとため息のような笑い声が聞こえる。ティムは、わざとらしく窓の外に顔を向けた。

 

 

 織絵は、今日のところはあなたの勝ちね、というように、少し唇を歪めて微笑み返した。

 

 

 その一節が、画家の心のひだにぐいっと指を突っこんできて、そのまま抜けずにおりました。

 

 

 織絵は細い眉をかすかに動かしたが、「ええ、どうぞ」と薄い笑顔で返事をした。

 

 

 白濁した目をふたりに向けて、せせら笑うかのように、バイラーの口が奇妙に歪んだ。

 

 

 ティムは振り向くと、織絵を見た。ふたりの視線が重なった。

 

 

 隣に立っている織絵ののどが、ひっ、とごく小さな音を立てて息を吸いこむのが聞こえた。

 

 

 まっすぐな長い髪に、切れ長の涼しげな瞳。白いブラウスに、黒いブリーツスカート。ほっそりした両腕を組んで、こちらをじっと見据えている。

 

 ティムは車の窓を開けてみた。さわやかな朝の空気がたちまち吹きこむ。針葉樹の森のような、深々と青い匂いがした。

 

 

 すらりと長身で、ウエストが締まった白い麻のパンツスーツを着ている。ウェーブのかかった長く豊かな濃い栗色の髪が、ふわりと風に揺れている。どことなくエキゾチックな顔立ち。

 

 

 夜が始まったばかりの空は、まだうす青を残し、静まり返っている。右手に、ぽっかりと明るい月が昇っている。鏡のような満月だ。

 

 

 織絵は、きゅっと口を結んだままで小宮山の顔を凝視した。小宮山は、織絵の顔にみるみる驚きの色が広がるのを見逃さなかった。小宮山の瞳には、驚きのさざ波が立った。

 

 

 男は、どうも、これはこれは、お越しいただいて恐縮です。と言いながら、銀縁眼鏡をかけた顔いっぱいに愛想笑いを広げている。

 

 

 その書類の塚を背にして長テーブルに着席していた男が顔を上げた。長く伸びた白い眉、それとは対照的に形よく刈りこんだ真っ白な口髭が研究者然としている。

 

 

 それまでぎゅうぎゅうにためこんでいたものが、赤ん坊が生まれた瞬間に全部出た。赤ん坊の元気な泣き声を聞いて、固結びのひもがするりとほどけたように、織絵はぽろぽろと涙をこぼした。

 

 

 少女は目を上げて織絵を見た。薄茶色の虹彩が展示室の照明を映してきらきらと耀いている。