清々しく晴れ渡った夏の空が、青ひと色をたたえて広がっている。
日が高く昇るにつれ、セミの声が響き始める。最初はしみじみとした音色で、やがて大音量となって、屋敷の中をも満たす勢いだ。
ぽかんとしていたれんの顔に、雲間から光が差すように微笑みが広がった。
まぶしい西日が差し込んだ。安は空を見上げた。
うっすらと紅が溶けた茜空が、どこまでも広がっている。
彼女の絹糸のようになめらかな黒髪をやさしく撫で、胸元に抱き寄せて、母と娘、ふたりきりの、心安らかな時間を過ごしていることだろう。
挑発的な物言いに、男爵の顔色がさっと変わった。かすかに怒気を含んだ声色で、貞彦が返した。
花が終われば、若々しい萌黄色の葉がいでて、目にもさわやかな風景へと移り変わる。
桜の若葉は、徐々に色濃い緑の影を落とすようになっていた。
さようなら
口の中で小さくつぶやいた瞬間、涙が一筋、まなじりを伝って落ちた。
唇にはうっすらと紅を差し、抜けるように白い肌を際立たせている。閉じたまぶたの上にもかすかに紅色をのせ、豊かなまつげがふんわりとまぶたの丸みを縁取っている。
うららかな朝の光が、屋敷の廊下にこぼれている。
どこからか、かぐわしい甘い香りが漂ってくる。庭のあちこちで咲きこぼれた春の花花が、芳香を温んだ空気に放っている。
暗雲が重たくよしの額にかかっているのを見て、本心からそう言っているのではないと、安にはわかっていた。
「それができないのなら、ここにいていただく必要などないのでは?」
「いい加減にしねか、辰彦。言葉が過ぎるぞ」
貞彦がたまりかねて言った。辰彦はいったん矛を収めはしたが、苦々しさを眉間に集めたままだった。
説明を聞いているあいだじゅう、よしは、膝の上で両手を固く組んでいた。身体が震えてしまうのを、どうにか押さえつけているようだった。そして、安の説明の一言一句を決して聞き逃すまいと、全身を耳にして、のめり込んでいた。
暗い部屋の行灯のもとで手紙をしたためながら、私は記憶のクローゼットの扉を開きます。お気に入りの引き出しを開けると、そこから匂い立つのは、咲き誇るアゼレアの花。
ほとんど一睡もできぬまま、天井に向かってぴたりと視線を貼りつけて、安は夜を過ごした。
分厚い真綿布団の中に入って、目を閉じる。静まり返った水の底のような闇の中、鼓膜の奥に、介良男爵の言葉が禍々しく蘇る。
春の光をいっぱいに受けて、さかんにきらめく川面を、私は飽かず眺め続けました。
女のほうは、顔を赤くして挨拶を述べると、額が膝につきそうなほど深々と辞儀をした。
幌をたたむと、西に傾き始めた日のきらめきがたちまち彼女を包みこんだ。目を細めて、光に満ち溢れた風景を眺める。
次第に視力は衰えていった。いつ見えなくなるかという不安が、重苦しい霧のように、安の心に立ちこめていた。
その町のいっさいの色を奪って、雪が降っていた。
一両きりのディーゼルカーの箱から降り立った場所は、駅のホームに違いなかっただろう。