人生も後半戦! これから先も楽しもう!

人生も後半戦になったら、これまでの生き方に後悔することもあります。しかし、後悔しても仕方ない。この先楽しく生きるためにいろんなことに挑戦

柚木麻子さんのあまからカルテットの表現、描写

 

 琥珀色のハイボールを挟んで、雪子さんと満里子はじっと見つめ合う。お互いの瞳の奥にあるものを読み取るかのように、目を逸らそうとしない。

 

 

 満里子は、険しい表情を浮かべていた。息が荒く、傷んだ髪が紅潮した頬にかかっている。

 

 

 満里子はずっと不機嫌だった。ゴムで無造作にまとめた髪に、すっぴん。スウェット素材の上下という出で立ちは、まるで起き抜けのようで、こんな彼女を見るのは初めてだ。

 

 

 薫子はさっそく、らっきょうにカリッと歯を立てた。

 

 

 きんと冷えていて、信じられないほど口当たりが良い。炭酸のさわやかな喉越しに、ウイスキーの苦味、レモンの酸味が加わり、胸に冷たくて香りの良いミストが広がっていくかのよう。ほろ苦さがなんとも口にすずしい。

 

 

 雪子さんは冷凍庫から背の高いグラスを次々に取り出す。うっすらと霜に覆われているそれに、氷をぎっしりと詰め込む。ウイスキーを注ぎ、続いてウィルキンソンソーダ水を静かに加える。しゅわしゅわと気持ちの良いかすかな音が広がった。マドラーで軽く縦にひと混ぜすると、風鈴のような澄んだ音が響く。仕上げに、くし型のレモンをきゅっとしぼる。

 

 

 雪子さんは、想像していたような、マドンナ然とした美女ではなかった。骨格のしっかりした、肩幅の広い、大柄な女性だった。真っ黒で硬そうな髪は、男の子のように短い。眉毛は太く、化粧気のない浅黒い肌に藍染めのシャツがよく似合う。

 

 

「骨董バー ゆきこ」

 と書かれた丸い看板が現れたのだ。ステンドグラスをはめ込んだ木のドアの前で、三人はしばし顔を見合わせる。

 

 

 白く長い指で大ジョッキを握り締め、細い首をのけぞらせてビールをあおる咲子に、三人の親友は驚いたように見入っていた。

「なんか、こういうの新鮮だねっ! ぷはあー」

 

 

 ややあって、ふっくらとやわらかそうな頬がほころんでいった。

 

 

 背後で犬の鳴き声がした。振り向くと、民家の門の隙間から、黒い犬が濡れた鼻を突き出していた。薫子と満里子の剣幕におびえたのか、紺色の瞳でこちらを睨みつけ、威嚇するようにキャンキャンと吠えている。

 

 

 やがて、誰からともなく腰を上げ、曲がりくねった細い路地を再び歩き出す。季節外れの銀木犀の白い花が、道しるべのように咲いていた。

 

 

 荒木町は街全体がすり鉢の形にくぼんでいる。谷底に向かって坂道を下りていけば、パノラマのように、斜面にそびえる建物がぐるりと見渡すことができ、咲子は自分がとても小さくなったような気持ちになった。古いビルに囲まれた細長い青空は、一層高く見える。

 

 

 ざっとカーテンが左右に開く。まばゆい光か、満里子のコーラ瓶みたいな体の線を浮かび上がらせた。

 

 

 ざくっと鍵が差し込まれる小気味良い音が玄関に響き、身を硬くする。ドアの開く音に続き、女達の華やかな話し声、ヒールがタイルにぶつかる音が一度に押し寄せてきた。

「由香子ー、いるのー? 悪いけど、昔くれた合鍵使っちゃった」

 

 

 ふと、雑誌に使われている由香子のプロフィール写真に目が留まる。引き込まれるように、そっと手に取った。

 

 

 こけた頬に無精ひげがよく似合う。

 

 

 薫子は乾いた唇をなめ、パソコン画面のファイルを閉じた。かすかなクリック音さえ、無人のオフィスによく響く。

 

 

 ノンちゃんと出会ったのは、そんな時でした。垣根の間から、ノンちゃんはそばかすと上を向いた鼻を覗かせ、まるでずっと前から友達だったように笑いかけてくれたのです。

 

 

 花火はシャンパンのような煌(きらめ)きに変わり、夜空にさらさらと溶けていく。

 

 

 その時、どん! と、みぞおちに響くような低温が響き、この夜一番大きな金色の花火が上がった。多摩川の土手が歓声に包まれる。

 

 

 しっとりと輝く褐色のお稲荷さんが、九個仲良く鎮座していた。

「美味しそう」

 思わず唾を飲みこむ。急に空腹を感じた。

「いただきます」

 洗っていない手で一個つかみ取ると、口を大きく開けて頬張った。いつもなら考えられない行動だが、躊躇はない。

 じゅっと煮汁が染み出した。こっくりと甘く煮ふくめられた油揚げ、硬めに炊かれたすし飯がほろりと崩れていく。