「被告人に懲役十五年の求刑をいたします」
報道関係者数人が、傍聴席から立ち上がり外に飛び出す。
真生は佐方を視界の隅で見た。佐方は腕を組んだまま俯いていた。
「以上です」
真生は証言台を離れ、席に着いた。
「上司に理由を尋ねなかったのですか」
この野郎、と佐方は思った。地検内部から話が聞けないから、ここにやって来たのだ。それを知っていて、山路は佐方がどう返答するのか楽しんでいるのだ。山路は喉の奥で笑った。
「ご用件は神田さんのことですね」
山路はいきなり本題に入った。今さら、回りくどいやり取りなどしたくないのだろう。それは佐方も同様だった。そのとおりです。と答えると、山路は弄(もてあそ
)ぶような目つきで言った。
「上司に理由を尋ねなかったのですか」
後ろを振り返ると、ひとりの男が立っていた。五十はとうに回っているだろうか。くたびれたスーツに、捩れたネクタイ、ごま塩のひげが中途半端に伸びている。寝起きのような風貌だ。
光治は床に落ちて、しょうゆで汚れた紙を拾いあげた。もう一度、文面を読み返す。不起訴、という字に胸が激しく波打つ。
何故だ!
心で叫ぶ。
法壇の前にある証言台には、ひとりの女性が立っていた。年は五十歳前後。MRIに入れば、メタボリックの見本画像が撮れそうな腹回りをしている。前で閉じたグレーのカーディガンのボタンが、いまにも弾け飛びそうだ。
佐方はジャケットの内ポケットから、煙草を取り出した。口にくわえて火をつける。ニコチンが肺を満たす。最近、どこもかしこも禁煙で肩身が狭い。ゆっくり煙草が吸える店はありがたかった。
ダイニングテーブルの上に冷えたビールが用意されていた。
缶のプルタブを開けて、そのまま呷る。喉をひりつくような刺激が落ちていく。頃合いを見計らったように、美津子がつまみを持ってきた。益子焼の器に、茄子の煮浸しが盛られている。
兄の横で頭を下げる美津子は、実際の年齢より上に見えた。落ち着いた物腰と、流行りものではない落ち着いた服装がそう見せたのかもしれない。目鼻立ちは小ぶりで決して派手ではないが、配置のバランスがよく品のいい顔立ちをしていた。
時計を見ると、まもなく七時になろうとしていた。湿り気を帯びた大気が、半袖のシャツから出ている腕にまとわりつく。ひと雨くるな。そう思いながら、車のエンジンをかけた。
女は、もう若くない。目じりの皺は深く、はだけたバスロープから覗く乳房は、張りを失っている。身体の線もかなり細い。華奢を通り越し、病的にさえ見える。
先生。
誰かが呼んでいる。
先生、起きてください。
声は水の中で聞いているように、くぐもっている。
もう少し寝かせてくれ。そう言いかけたとき、額に氷を置かれたような冷たさを感じた。