おすすめ小説から表現、描写を学ぶ 堂場瞬一さんの高速の罠より
深井の顔に暗い影が過る。何かミスをしたのか、怯えているようだった。
「知らないんですか?」
「知っていないとまずいことですか?」
綾瀬が長々と嘆息をもらした。ゆっくりと頭を横に振り、大友の顔をちらりと見る。大友はそれで奇妙な不安を覚えた。警察が知らないことー そこに真実があるというのか?
綾瀬は無反応だった。目は虚ろで、焦点が合っていない。大友は、今の情報が彼の頭に染みこむのを待ってから続けることにした。
腰を浮かしかけた小菅が、ゆるゆると椅子に尻を落ち着ける。
「……ええ」小菅の声が低くなる。うつむき、テーブルに視線を這わせた。
信州バスの常務の小菅元が、しきりに額の汗を拭う。ハンカチはくしゃくしゃだ。会議室の照明を受けて、だいぶ広くなった額には拭い切れない汗が光っている。
「取り敢えず呼ばれた」
「後山さん?」敦美が左の眉だけくいっと吊り上げる。
「ああ」
「無茶するわね、あの人。あなたまだリハビリ中じゃない」
「すぐにできますかね?」
「大型のボルトカッターがあれば、五秒かな」初老の係官が、右手をぱっと広げてみせる。
「ええと……」優斗が救急車の天井を見上げる。混乱する記憶の中から、必死に出来事を時系列にすくい上げようとしているのだろう。「一緒にトイレに行った人がいて……」