小説の書き出し 垣谷美雨さんの夫の墓には入りませんより
どうして悲しくないんだろう。
夫が死んだというのに、何の感情も湧いてこない。
それどころか、祭壇に飾られた遺影を見つめるうちに、まるで知らない人のように思えてくる。
遺影の周りには、たくさんの菊が飾られていた。菊の白と葉の緑の色の二色を巧みに生かして、水が流れるようなデザインになっている。寸分の狂いもないうえに、花の大きさまで揃っているから、プラスチックでできた偽物みたいに見える。生花なのに、一本一本の個性はここでは認められないらしい。まるで自分を見ているみたいだ。