「やっと靴箱の中に靴を入れるようになったの。担当の先生が毎日毎日注意して、やっと」
和泉の静かな声が、ねじこむような重さで玄関に響く。
「今度は、靴箱の中を整理しなさいって毎日注意しないといけないの。誰かがやってくれたら、絶対自分でやるようにならない」
みんな自分の人生は一回だけなのに、本を読んだら、本の中にいる人の人生もたくさん見せてもらえるでしょ。
「厳しいけど、ぶれない人ですからね。男としては、ぶれないっていうのはけっこう好感度高いんです」
「俺は久志くんと奏子ちゃんに『日だまり』を気兼ねなく利用してほしかったんだ」
「俺だったら、気兼ねなく利用するために蚊帳の外に置かれるのはイヤです」
俺だったら。俺だったら、俺だったらーー児童養護のド素人として『あしたの家』に飛び込んだ三田村にとって、唯一頼れるものさしは「もし自分だったら」だ。
「人生は一人に一つずつだけど、本を読んだら自分以外の人の人生が疑似体験できるでしょう。物語の本でも、ドキュメンタリーでも。そうやって他人の人生を読んで経験することが、自分の人生の訓練になってることがあるんじゃないかって、先生は思うのよ。踏み外しそうなときに、本で読んだ言葉が助けてくれたりとか……」