声の表現、描写をおすすめ小説から学ぶ
「何の用だ?」 真正面から見据えられた。 瑞穂は渇ききった喉から言葉を絞り出した。 「お願いがあって参りました」 横山秀夫さんの顔(FACE)より
その瑞穂の頭の上で弾んだ声がした。 「平野 喜べ。配転だ」 横山秀夫さんの顔(FACE)より
「おかえり」 やわらかな声が響いたかと思うと、引き戸の隙間から赤い髪が覗く。 名取佐和子さんのペンギン鉄道 なくしもの係より
いつもは色気のある立花葵のアルトが、不穏なソプラノに変わっていた。 浅田次郎さんのハッピーリタイアメントより
何と言い返してよいものか、声は思い付くはしから喉元で凍りついてしまった。 浅田次郎さんのハッピーリタイアメントより
「本当に何なんですか。用件を教えて下さいよ」 「署でお話しします」 合成音声のような抑揚のない声だった。 横山秀夫さんのルパンの消息より
「ミーティングでちょっと行き違ったって聞いたから、羽田さんのほうはどうしてるかなと思って」 途端に千歳の声がハリネズミみたいに尖る。 「誰から聞いたんですか」 有川浩さんのシアター2より
「ついてきたら全員絶交」 氷点下の声音に巧が石丸同様、石化した。 有川浩さんのシアター2より
繭の声は細かったが、強い糸のように途切れがなかった。 三上延さんの江ノ島西浦写真館より
葵から聞いた小此木の番号にかけると、すぐに相手は出た。と、同時にざらついた喧騒が耳に突き刺さった。居酒屋にいるらしく、生ビールの数を復唱する甲高い声が聞こえる。 三上延さんの江ノ島西浦写真館より
マフラーを引き下げると、老人は真っ白な口髭を横に引いて微笑んだ。 「君は、二次会には行かないのかね」 乾いた、土鈴を振るような声で野平老人は訊ねた。 浅田次郎さんの地下鉄に乗ってより
「ごめん、しくじった」彼の声は深い井戸の底から聞こえてくるように暗かった。 東野圭吾さんの予知夢より
「一つ頼みたいことがある」 「ぜひ、やらせて下さい!」 前のめりの声で耳が痛かった。 真山仁さんの雨に泣いてるより
「お父さんは? さっき来る前に電話したとき、いるって言ってたよね」 「出てっちゃったよ」 つんとした声が返ってくる。 「歩が来るよ、って言ったら、そういやテラシンと約束があった、とか言っちゃって。後ろめたいんでしょ、あなたに合わせる顔がないの…
「イチャモンって、どういうことですか」憤りで東の声がひび割れる。 堂場瞬一さんの長き雨の烙印より
「お元気ですか? 久しぶりですね」人の心を撫でるような穏やかな声だった。 堂場瞬一さんの長き雨の烙印より
「庄司智明。知ってますよね」 「庄司って、まさか……あの庄司か」緊張で安生の声がひび割れる。 堂場瞬一さんの長き雨の烙印より
ああ、と胸の潰れるような声を上げて、カッちゃんは真白な溜息を吐いた。 浅田次郎さんのおもかげより
「ねえ、教えてよおじいちゃん。どうして私が別れなきゃいけないの」 祖父は言いためらった。痩せた咽が、ちえ子の耳元で凩(こがらし)のように鳴った。 「親のいねえ不憫な子供を、作っちゃならねえ。そんなこたァ、じいちゃんが一番よく知ってる」 浅田次郎…
「だろうな。あいつは優しい奴だし」 俺がうなずくと、鞭のような声が飛んで来た。 「わかったようなこと、言わないで」 坂木司さんのウインター・ホリデーより
そのときふいに、ひとりだけ黙りこくっていた美しい少女が口を開いた。弦を弾くように澄んだ声であった。 浅田次郎さんの日輪の遺産より
岩肌に谺(こだま)する声は、鈴を振るように高く澄んでおり、どの体もまだ一人前の女にはほど遠い。 浅田次郎さんの日輪の遺産より
挑発的な物言いに、男爵の顔色がさっと変わった。かすかに怒気を含んだ声色で、貞彦が返した。 原田マハさんの奇跡の人より
携帯電話が胸の中で鳴った。 こちらの声を待つ長い、暗い間は、妻からの連絡である。 「もしもし、どうした」 さらに一呼吸おいてから、妻の剣呑な声がした。 タバコを喫うために病棟から出ると、冷たい夜であった。妻の声は昏れ残る雑木林の稜線を越えて、…
「たのむ、入れてくれ!」 そう叫んだとき、無情のベルが鳴った。発売機は作動不能の呼音を残して停止した。 「あ、お客さん、申しわけありません。締め切りました」 買いそびれた人々の声が、大きなひとつの溜息になった。 浅田次郎さんの日輪の遺産より
菜穂をあなたと結婚させたのがそもそもの間違いだったと、言葉の刃で一輝をめった刺しにした。 原田マハさんの異邦人(いりびと)より
克子は憔悴しきって帰ってきた。 ーもうあの子は帰ってこないわ。全部、あなたのせいよ。 克子の帰京を待ち切れずに東京まで迎えにいった一輝に向かって、克子は泥の玉を投げつけるように言った。 原田マハさんの異邦人(いりびと)より
「……樹。菜穂よ」 襖を開けずに、菜穂は声をかけた。 「ー入って」 か細い声がした。鈴が震えるようなはかない声。菜穂は、左腕に菜樹を抱き、右手を引手にかけて、ゆっくりと襖を開けた。 原田マハさんの異邦人(いりびと)より
「母親じゃないわ」 きっぱりと、菜穂が言った。氷結した水面にぴしりと石を投げ入れるように。 一輝の顔を、再び、驚きと恐怖が入り混じった靄が覆い尽くした。 原田マハさんの異邦人(いりびと)より
「……行っちゃうのね」 耳もとを通り過ぎる風のような、ささやかな声がした。人生は、もう一度、ばあちゃんを見た。ばあちゃんの目には、いっぱいに涙が浮かんでいた。それを振り切るようにして、人生は玄関へと急いだ。 原田マハさんの生きるぼくらより