2021-08-06から1日間の記事一覧
私鉄N駅の改札を出た三日月顎の若い男は、額に手を翳して顔をしかめ、やおらTシャツの裾を捲り上げて胸の近くまで素肌を晒した。その半裸の姿のまま陽炎揺らめく駅裏の舗道をだらしなく歩き、ガードレールに沿って横一列にひしめく放置自転車に目を向けるや…
脳が勝手に動いていた。まったく無関係に存在していた幾つかの情報が、互いに吸いよせられるかのように集まってきた。翳りのある目。肌の手触り。それらは一つの結論を求めて形をなそうとしている。だが、うまくくっつかない。形にならない。きっとそう、ま…
「千恵子、元気でね。私も私なりに頑張るから」 千恵子は送りに出なかった。 別々の道を歩き始めた。もう会えなくなるかもしれない。決別……。やはり今年の春は苦すぎると、痩せ細った心で瑞穂は思った。 横山秀夫さんの顔(FACE)より
それきり、石川は沈黙した。そう決意したかのように、目に見えない拒絶の壁を造って瑞穂に帰宅を促した。 横山秀夫さんの顔(FACE)より
石川は顔を綻ばせ、だが、それは長続きせず、翳りのさした両眼をまた遥か遠くに向けた。 横山秀夫さんの顔(FACE)より
日頃あまり意識しない汗を、瑞穂はいま、受話器を握りしめた手に感じていた。 横山秀夫さんの顔(FACE)より
その瑞穂の頭の上で弾んだ声がした。 「平野 喜べ。配転だ」 横山秀夫さんの顔(FACE)より