不快、苦悩の表現、描写を小説から学ぶ
千舟はげんなりしたように眉根を寄せ 唇の両端を下げた。 東野圭吾さんのクスノキの番人より
ひんやりとした部屋のなかに立ち尽くす両親は、疲労と絶望に包まれていた。我が子が行方不明になってから食事もろくにとっていなかったのだろう。頬は彫刻刀で削り取ったように削げ落ち、リノリウムの廊下を歩く足取りは萎えたように弱々しかった。
続いて吐き気が襲ってきた。胃袋が誰かに雑巾みたいに絞られるような不快感だった。僕は内臓を刺激しないよう、そろそろとベッドから這い出た。そして四つん這いでバスルームに入った。 私が彼を殺した (講談社文庫) 作者:東野 圭吾 講談社 Amazon
窯の中から陶器を取り出すリーチの顔を暗い雲が次第に覆っていった。窯を開ける喜びと興奮はたちまち消え、その表情は石のように硬くなった。 原田マハさんのリーチ先生
光崎の名前を聞くや否や、栗栖は舌の上に不味いものをのせたような顔になった。 中山七里さんのヒポクラテスの憂鬱より
「こんな未熟者の首でよかったら、いつでも差し出しますよ 真琴がそう言い放つと、渡瀬は名刺が挟めそうなほど深い皺を眉間に刻む。 中山七里さんのヒポクラテスの憂鬱より
公開形式ということは、やっぱり松葉杖で歩く姿を大勢の前に晒すことになるわけだ。そのことだけで胸に澱が沈む。 中山七里さんのさよならドビュッシーより
そんな口さがないジョークが交わされているのを知ったとき、学は自分の胸の奥が泡立つのを感じた。 古内一絵さんのキネマトグラフィカより
黒い疑惑が煙のように夕紀の胸中に広がっていった。だがその色は、これまでよりもはるかに濃い。 東野圭吾さんの使命と魂のリミットより
込み上げる涙を深呼吸と一緒に飲み下ろすと、ストレスが鉛みたいにズシンとお腹のあたりに落ちてきた。 小坂流加さんの余命10年より
もうあの頃のように誰彼構わず話しかけられる自分はいない。率先して盛り上げられる度胸もテンションもない。またひとつ黒く大きな染みができた。 小坂流加さんの余命10年より
わたしの人生挫折ばかりだとクッションの山に体を投げ出した。すると自然に大粒の涙が溢れてくる。潰された期待は絶望に変わった。 小坂流加さんの余命10年より
病室で繰り返し聞かされた旅行やデパートのセールの話、お洒落なカフェができたとか、彼氏が冷たくてぇーとか、そんな話が茉莉の中を端から汚していった。嫉妬は体中を蛇のように這う。 小坂流加さんの余命10年より
雄治は口元を歪め、顔の皺を一層深くした。「すまんな」 東野圭吾さんのナミヤ雑貨店の奇蹟より
雄治は眉間に深い皺を寄せ、唇を真っすぐに結んでいる。その表情には深い苦悶の色が滲んでいた。 東野圭吾さんのナミヤ雑貨店の奇蹟より
胸の底に汚泥が沈殿したような感覚だった。とてもではないが風呂に浸かったくらいでは解消しそうにない。 中山七里さんのヒポクラテスの誓いより
胸の裡に澱が沈み始める。研修医としてのわずかな誇りも、法医学教室で得た経験値も、根こそぎ瓦解していくような感覚に囚われる。 中山七里さんのヒポクラテスの誓いより
「……なんか、用?」 得体の知れないものに対する、怯えた目。 そんなまなざしを向けられたことが氷柱(うらら)を刺されたように痛く、息を詰まらせる。 七月隆文さんの天使は奇跡を希うより
大貫は心の中でつぶやいた。心臓がぎりぎりと痛んで、息が苦しい。全身の毛穴から汗が噴き出し、めまいで立っていられなくなる。 関口尚さんのパコと魔法の絵本より
「今でなくても結構ですから、正式に文書でご依頼いただけますか」 苫篠は心中で歯噛みする。言葉は慇懃だが、裏を返せば正式な文書での依頼がない限り着手しないと言っているようなものだ。 中山七里さんの護れなかった者たちへより
頭も心も胃袋も空っぽの自分を座らせてみた。からからに干からびたミイラのような自分の肉体を鎮座させる。 原田マハさんのまぐだら屋のマリアより
真知子は、車のエンジンをかけ、シートを倒して身を預けた。目を閉じる。その瞼が引きつった。身体の中を虫が這いずり回る。無数の足と無数の触角がチリチリと神経組織をいたぶり、真知子を苛立たせる。 横山秀夫さんの動機より
菅野路子は目を伏せた。しかし臆したわけではなさそうだ。赤く塗られた唇の両端が下がった。 東野圭吾さんのさまよう刃より
陰鬱なオーラを発し続けている彼の姿を見ていたくなくて、留美はキッチンに立った。 東野圭吾さんの沈黙のパレードより
まずは御報告まで、といって武藤は電話を切った。草薙は苦いものを口に入れたような思いでスマートフォンを置いた。 東野圭吾さんの沈黙のパレードより
智彦はゆっくりと首を振った。よろけるように後退りし、机に手をついた。 東野圭吾さんのパラレルワールド・ラブストーリーより
全身に鉛を詰め込まれたかのごとく、重過ぎる足取りで、私は公邸へと帰った。 原田マハさんの総理の夫より
それきり、石川は沈黙した。そう決意したかのように、目に見えない拒絶の壁を造って瑞穂に帰宅を促した。 横山秀夫さんの顔(FACE)より
石川は顔を綻ばせ、だが、それは長続きせず、翳りのさした両眼をまた遥か遠くに向けた。 横山秀夫さんの顔(FACE)より
「それはおかしいですね」 「おかしいです」 山本は眉を八時二十分の形に下げ、肩でため息をついた。 東野圭吾さんの殺人現場は雲の上より