2020-12-27から1日間の記事一覧
言いながら、海老沢は体がしぼむような深い溜息をついた。これはどうやら、この男の癖であるらしい。 浅田次郎さんの日輪の遺産より
南向きの窓には、灯火管制用の厚いカーテンが下ろされており、隙間から差し入る光が、えんじ色の絨毯の上を、刃のように伸びていた。 浅田次郎さんの日輪の遺産より
「どちらに参ればよろしいのでありますか」 わざと体の力を抜き、話し相手を周囲に悟られぬように、なるべく平易な口調で真柴は訊ねた。 浅田次郎さんの日輪の遺産より
坂道を登りつめたあたりで、真柴司郎はたぎるような炎天を見上げながら顎を拭った。 浅田次郎さんの日輪の遺産より
「え、私?ー私は関係ないもの。仕事はここまで。じゃ、あとはよろしくね」 コンクリートの回廊に硬い靴音を響かせ、看護婦は風のように去って行った。 浅田次郎さんの日輪の遺産より
看護婦は。やったというふうに愁眉(しゅうび)を開いた。 浅田次郎さんの日輪の遺産より
携帯電話が胸の中で鳴った。 こちらの声を待つ長い、暗い間は、妻からの連絡である。 「もしもし、どうした」 さらに一呼吸おいてから、妻の剣呑な声がした。 タバコを喫うために病棟から出ると、冷たい夜であった。妻の声は昏れ残る雑木林の稜線を越えて、…
とりちらかった床板の酒や肴にまみれて、老人はぼんやりとサッシ窓の小さな冬空を仰ぎ見、白い太陽のありかに目を細めながら、ひとしきり胸を膨らませると、そのまま動かなくなった。 浅田次郎さんの日輪の遺産より
ふと見上げた老人の目が、ただれ落ちるような涙をたたえているのを見て、丹羽はぞっとした。 浅田次郎さんの日輪の遺産より
「十億?」、と老人は青ざめた唇の端を歪めて笑った。 浅田次郎さんの日輪の遺産より