人生も後半戦! これから先も楽しもう!

人生も後半戦になったら、これまでの生き方に後悔することもあります。しかし、後悔しても仕方ない。この先楽しく生きるためにいろんなことに挑戦

村上春樹さんのノルウェイの森の表現、描写

 

 秋のはじめの、ちょうど一年前に直子を京都に訪ねたときと同じようにくっきりと光の澄んだ午後だった。雲は骨のように白く細く、空はつき抜けるように高かった。また秋が来たんだな、と僕は思った。

 

 

 窓の外には雪しか見えなかった。雪雲がどんよりと低くたれこめ、雪におおわれた大地と空のあいだにはほんの少しの空間しかあいていなかった。

 

 

 父親はもそもそと唇を動かした。<よくない>と彼は言った。しゃべるというのではなく、喉の奥にある乾いた空気をとりあえず言葉に出してみたといった風だった。

 

 

 乾いた唇のまわりにはまるで雑草のようにまばらに無精髭がはえていた。

 

 

 もうぽつぽつと雨が降りはじめていて、電灯の光が細かい粉のように彼女の体のまわりにちらちらと漂っていた。

 

 

 空は抜けるように青く、細かくすれた雲がまるでペンキのためし塗りでもしたみたいに天頂にすうっと白くこびりついていた。

 

 

 髪はすったばかりの墨みたいに黒くて長くて、手足はすらっと細くて、目は輝いていて、唇は今つくったばかりっていった具合に小さくて柔らかそうなの。

 

 

 レイコさんは唇を横にひっぱるようにのばして笑った。

 

 

 僕はナップザックの中からブランディーを入れた薄い金属製の水筒をとりだし、ひとくち口にふくんで、ゆっくりとのみ干した。あたたかい感触が喉から胃へとゆっくり下っていくのが感じられた。そしてそのあたたかみは胃から体の隅々へと広がっていった。

 

 

 窓からさしこんでくる月の光は様々な事物の影を長くのぼし、まるで薄めた墨でも塗ったようにほんのりと淡く壁を染めていた。

 

 

 あたりには夕暮の気配が漂っていた。居間の窓からは林と山の稜線が見えた。稜線の上にはまるで縁どりのようなかたちに淡い光が浮かんでいた。

 

 

 直子が行ってしまうと、僕はソファーの上で眠った。眠るつもりはなかったのだけれど、僕は直子の存在感の中で久しぶりに深く眠った。台所には直子の使う食器があり、バスルームには直子の使う歯ブラシがあり、寝室には直子の眠るベッドがあった。僕はそんな部屋の中で、細胞の隅々から疲労感を一滴一滴としぼりとるように深く眠った。そして薄闇の中を舞う蝶の夢を見た。

 

 

 ひょろりとやせて乳房というものが殆どなく、しょっちゅう皮肉っぽく唇が片方に曲がり、目のわきのしわが細かく動いた。いくらか世をすねたところのある親切で腕の良い女大工みたいに見えた。

 

 

 一度だけ銃声のようなボオンという音が遠くの方で聞こえたが、こちらは何枚かフィルターをとおしたみたいに小さくくぐもった音だった。

 

 

 黒い瓦屋根やビニール・ハウスが初秋の日を浴びて眩しく光っていた。

 

 

 電車はそんな親密な裏町を縫うようにするすると走っていった。

 

 

 日曜日の学生街はまるで死に絶えたようにがらんとしていて人影もほとんどなく、大方の店は閉まっていた。町のいろんな物音はいつもよりずっとくっきりと響きわたっていた。

 

 

 彼女はほんの少し唇を曲げて微笑み、短い髪を手のひらで撫でた。

 

 

 その瞳はまるで独立した生命体のように楽し気に動きまわり、笑ったり怒ったりあきれたりあきらめたりしていた。

 

 

 風だけが我々のまわりを吹きすぎて行った。闇の中でけやきの木がその無数の葉をこすりあわせていた。

 

 

 蛍はボトルのまわりをよろめきながら一周したり、かさぶたのようにめくれあがったペンキに足をかけたりしていた。

 

 

 僕は直子の一メートルほどうしろを、彼女の背中とまっすぐな黒い髪を見ながら歩いた。彼女は茶色の大きな髪どめをつけていて、横を向くと小さな白い耳が見えた。時々直子はうしろを振り向いて僕に話しかけた。