震えるまぶたを閉じた瞬間、ひと筋の涙が頬を伝って落ちた。
どんぐり眼に表面張力でなんとかへばりついていた涙が、堰を切ったように流れ出した。
「結婚してから、まあ、いろいろあったんだ。いろいろあって、彼女は郷里に帰ったんだよ。子供の遺骨を抱えてな」
硬く張っていた氷が割れたような、冷たい衝撃が胸の中に走った。
一瞬、テーブルの周りの空気が、はっとした。会長の瞳の奥に、光がふっと揺らめくのが見えた。
ポン、と栓を抜く音がして、深緑色のボトルが差し出された。シャンパングラスを金色の液体が満たしていく。
左隣には、番通の徳田課長。相変わらずの能面フェイスが、いっそう作り物っぽく貼り付いている。
白髪をうっすらと紫色に染めて、上品なベージュの着物に身を包んでいる。テーブルの上に揃えられた手には、何カラットくらいあるのだろうか、イエローダイヤモンドがごろりとのっかったリングが光っている。くぼんだ目が、じっとこっちをにらんで、いやみつめている。何もかも見透かすような、深いまなざしで。
真与さんの瞳が震え出した。
透き通った瞳が、みるみるうるんでいく。やがて、朝露がこぼれ落ちるように、眦(まなじり)から涙のしずくが伝って落ちた。幾粒も幾粒も、浮かんではこぼれてゆく。
淡いグレーの空の下、雨にそほ濡れてもめいっぱい枝を広げる霞のような桜の群れは、しんとして美しかった。
その目が、笑っている。風に撫でられた湖面のようにきらめいている。
駅から続く一本道に、確かに桜並木があった。ソメイヨシノは雨に濡れそぼって、七分咲きの枝をさびしげに揺らしていた。
「帰ってくるんでねえよ」重たく、湿った母の声が響く。
室内には時計の秒針が時を刻む音だけが響いている。社長の背後の本棚に鎮座している金色の立派な置時計
しばらくして、藤嶋が妙に元気よく言った。取ってつけたような言葉が、空っぽの頭の中で、がらんがらんと音を立てた。
「君の学校の生徒さんは、皆さんカードゲームが得意ですか」
突拍子もない質問に、「は?」と頭のてっぺんから抜けるような声で反応してしまった。