人生も後半戦! これから先も楽しもう!

人生も後半戦になったら、これまでの生き方に後悔することもあります。しかし、後悔しても仕方ない。この先楽しく生きるためにいろんなことに挑戦

小説家から学ぶ表現、描写有川浩さんのストーリー・セラーより

有川浩さんのストーリー・セラーより

20200111141949a95.jpg

 鼻の奥が塩水で洗われたように痛くなった。

 この状況で彼女が泣くのは不自然ではない。だが、過ぎると不審に思われそうなことと、一度泣いたら過ぎてしまうような気がして、喉の固まりを飲み込んだ。

 その後、警察と保険会社と彼の身内と彼女の身内と会社の人が入り乱れて、状況は津波のごとく暴力的に過ぎ去った。

 ドラマならここで家族が出てきた医師に駆け寄る。ー彼女は駆け寄らなかった。

 ぎぃぃっと首の骨が軋んだ。自分が顔を上げたという認識は、手術着を着た医師が視界に入ってから追い付いた。まるで、関節が錆び付いたように体が巧く動かない。蝶番なら油を注せるのに。

 近くには公衆電話がある。きっと、この待っている時間に夫の実家に連絡を入れたほうがいい。理性では分かっているのに、根が生えたように腰が上がらない。

 だが、これ以上は美意識に反するので好奇心に蓋をする。

「あのさ」

 彼はテーブルの上で組まれた彼女の両手を包んだ。

 彼女は頷いた。顎に決意の梅干しができている。

 力任せに鞄を振り回し、彼を近寄らせまいとする。

「寄らないで!」

 鋭く叫ばれて、その音階は思いのほか深く彼の胸をえぐった。

 一行目から吸い込まれた。するすると目が文章を追う。いや、目が文章に吸いついて離れない。文章に連れて行かれるようにーー意識が持って行かれる。

「……家、帰って、どうするの」

 電池が切れかかったように、切れ切れに彼女は尋ねた。