小柄な体躯に白い肌、色素の薄い虹彩。中性的で、時折どこか淡い印象を醸し出すその医者は、四人の顔をざっと見るなり、「面談を希望の橋田さんと、そのご家族ですね。桐子です」と言った。
「お大事にとうぞ」
それだけ言うと桐子は踵を返して歩き出した。振り子時計のような規則正しい足音が遠ざかっていく。
内科医、音山晴夫は太り気味の腹を揺らしながら、汗を拭き歩いていた。ただでさえ丸顔なのに、軽く汗を含んだ髪が輪郭に沿ってしな垂れており、その頭は満月のように綺麗な円形に見えた。肌の血色は良く、頬などは赤く染まっている。
黒い枠の中では、恩師が爬虫類のような目で音山を睨んでいた。眉間に入った一本の皺、百足のように太い眉毛と髭、そして突き出た下唇。知らない人からすれば、いかにも厳しい人間に見えるだろう。
「同じように、俺みたいな医者を必要としてくれる患者さんも、いるのかな……」
黒々としたコーヒーの水面を覗き込んで、音山はしばらく沈黙した。
「そりゃそうさ。何が言いたいんだ? 音山」
まりえの無垢な笑みが光となって降り注ぎ、音山の心に巣食っていた敗北感を嘘みたいに消し去っていく。
真っ黒に塗りつぶされた空。金星がぽつんと、浮かんでいた。
カルテに目を戻す。面談を申し込んできた患者のカルテだ。病状は……末期癌。桐子の瞼が引きつり、ぴくぴくと数回痙攣した。
だが、それを理由もなく拒絶しようとする何かが、確かに桐子の中、奥深い所に巣食っている。最初から心の底に宿っていたが、沈殿したものによって見えなくなっていた何か。それが今、突然表面まで顔を出して主張し始めている。
音山を死なせたくないと、駄々をこねる子供のように。
窓から差し込む日の光が少しずつ赤く染まり、やがて闇が四隅から忍び寄り始めると、深いため息が腹の底から漏れ出た。
終わりか。
俺の人生も。
桐子は言葉に詰まり、窓の外を見る。日が沈んでから降り出した冷たい雨が、さあさあと窓ガラスにぶつかっては、下方に流れていた。
「余命はどれくらいかな。福原は言わなかったが、自己診断では一年程度だと思う」
音山の声が、まるで水の中で聞くようにエコーして聞こえた。
桐子の見開いた目から、心の中の葛藤が一滴の涙となって落ちた。
音山の言の葉が、はらりはらりと胸に降り積もっていく。一つ一つが、完全に消化できたわけではない。
銀のフォークで肉を運ぶ。食らいつく。タイミングがずれ、フォークの先端まで噛んでいた。歯に硬質の衝撃が走り、顎へと消えていく。
桐子は医者生命を断たれるだろう。どうでもいい。それもまた、当然の結末だ。
いっそせいせいする。
ようやく、心が冷えて、固まってきた。降り積もった土砂が冷たく凝固するように、福原の腹の底に決意が宿る。
お前らはそこで、力尽きればいいんだ。
俺はもっと上に行く。夢をこの手で掴み取ってやる。
誰にも聞こえないくらい小さな声で、福原は呟いた。語尾は闇に消えていく。