小説の書き出しが難しい 田中経一さんのラストレシピ
華僑(かきょう)の大物ともなると、その葬儀はここまで大袈裟になるのか……。
佐々木充は、そんな感想を持ちながら記帳を済ませた。
今年は、四月に入ってから雨空の日が続いている。この日も、横浜郊外にある斎場にはしとしとと雨が降り注いでいた。
通夜には数千人を数える参列者が押しかけている。供花の名札を見ると、ほぼ半数が中国人や中華レストランからのものだったが、政治家からスポーツ選手、芸能人に至るまで、佐々木の記憶にある名前もずらりと並んでいた。
「この中だと、きっと俺が一番新参者だな」
佐々木と故人の周蔡宜(しゅうさいぎ)との付き合いは、亡くなるまでのほぼ一ヶ月しかなかった。しかも、顔を合わせたのはたった一度きりだった。
しかし、そんな周との出会い、そしてこの葬儀が佐々木の人生のターニングポイントになろうとは、いまの時点で予想できるはずもなかった。