建物、街、屋外の表現、描写を小説から学ぶ
日曜日の夕方だというのに、街路はがらんと人通りもなく、街路樹のハナミズキが夕風にたよりなく傾(かし)いでいる。私は母の三歩先を歩いていた。 原田マハさんのキネマの神様より
そこは青梅街道の交叉点に近い路上だった。古いアーケードが、僕らを綿雪から庇ってくれていた。 蛍光灯がくたびれ果てたように瞬いていて、夜空は思いがけないほど暗くて広かった。 浅田次郎さんのおもかげより
二十坪少しの土地に建てた家には、形ばかりの門と、鉢植えをいくつか置けばいっぱいになる狭い庭がついていた。 東野圭吾さんの嘘をもうひとつだけより
『紫陽花亭』というその店は、三階建てのマンションの一階に入っている。一見すると喫茶店のようなこじんまりとした店だった。焦げ茶色の木製の外壁ひはアイビーを這わせており、その上に、もともとは紫陽花になぞられた青や紫をしていたのだろうが、今やす…
迷いこむような感じで古い団地の敷地内に入った。年代相応に立派な銀杏の木が、古ぼけた四階建てのアパート群の足元に、乾いた落葉を敷きつめている。 浅田次郎さんの鉄道員(ぽっぽや)より
気がつくと車は、銀杏の落葉が散り敷く石畳の坂道を登っていた。 時刻は真夜中だったと思う。黄色い落葉の絨毯のただなかに、シクラメンが赤いぼんぼりを並べたように咲いていた。 浅田次郎さんの鉄道員(ぽっぽや)より
舗道から少しさがったアプローチには、瑠璃色の瓦が敷かれていた。白い夜光看板はクラシックな外観には不似合いだったが、そのかわり真鍮の把手のついた大きな扉のきわに、細工をこらした青銅の軒燈がともっていた。 浅田次郎さんの鉄道員(ぽっぽや)より
車はやがて、海岸通りの手前にぽつんと建つ店の前で止まった。真白にペンキを塗りたくられた二階家で、出窓には豆電球が点滅し、いかにもそれらしい名前の看板を掲げている。煙るような雨の中で、ネオン管がジイジイと鳴いていた。 浅田次郎さんの鉄道員(ぽ…
走り出すとすぐに駅前の家並は尽き、道の両側は畑と雑木林ばかりになった。緩やかな丘陵を海に向かってまっすぐに下る。闇の涯(はて)に流星のようなヘッドライトが行き来している。そこはたぶん海岸通りで、松林の向こうは海なのだろう。 浅田次郎さんの鉄道…
乗客のあらかたは木更津で降りてしまった。コンビナートの眩(まば)ゆい光が遠のくと、列車は真暗な海に沿って走った。 浅田次郎さんの鉄道員(ぽっぽや)より
雨の匂いのするトレンチコートを脱いで、ベッドの上に投げた。窓に近づくと、ぴっちり下がった電動式のブランドを開ける。水滴が流れ落ちる窓ガラスの向こうに、妖しい光を放つ飛行船にも似た美術館の巨大な建築が現れた。 原田マハさんの暗幕のゲルニカより
ガウディ風のデザインが施された鉄門が現れ、車が減速すると、門扉がきしみながら自動で開いた。常緑の木々にこんもりと生い茂る庭の奥に石造りの瀟洒な館が現れた。 原田マハさんの暗幕のゲルニカより
街道の喧騒とはうらはらに、脇道を入った住宅地には、すでに新年を迎える静謐さが感じられた。 金原庄造の豪壮な屋敷と地続きになった一角に、マッチ箱を連ねたような古い借家が棟を並べている。 浅田次郎さんの日輪の遺産より
白い壁に大きめの窓。ぱっと見は、いかにも時代遅れの喫茶店といった風情だ。枯れたツタがところどころへばりついているのも、何だか寂しい。 坂木司さんの僕と先生より
男は公衆電話ボックスに入った。 ボックスの中からあたりを見回した。辺鄙な町の公園には人の姿はなかった。午後五時を過ぎた公園は陽が陰り始めて、錆びついた滑り台がもの悲しそうに佇んでいる。 薬丸岳さんの闇の底より
アイランドヒルズは鉄筋三階建ての賃貸マンションだった。名前からは想像できない寂れた外観だ。外壁は剥げ落ちていて、ひびが蜘蛛の巣のように走っている。 薬丸岳さんの闇の底より
しばらく上がっていくと、左手にゴルフの打ちっぱなし練習場の明かりが見えた。その先は街頭の少ない薄暗い道が続き、奥には鬱蒼と生い茂った雑木林が広がっている。雑木林の手前にはなだらかな台地に造成された住宅街があり、加奈の自宅も住宅街の一角にあ…
左手に団地が見えてきた。団地の窓からはいくつかの明かりが漏れている。団地の一角にある公園に人の姿はない。数本の街灯がブランコや砂場を寂しく照らしている。 薬丸岳さんの闇の底より
『伊庭医院』は、そんな住宅街の中にあった。灰色の四角い建物で、外から見たかぎりでは三階建てだった。道路に面した壁に「田」の字に見える窓が並んでいる。入り口のドアは木製で、真鍮製と思われるドアノブが付いていた。どう控えめにみても、五十年は経…
民家や田畑が連なる景色の中で一際大きな六階建ての建物が目に入った。屋上の上に据え付けられた浅川病院という看板が、まわりののどかな風景だけでなく、幹夫自身をも見下しているように思える。 薬丸岳さんのその鏡は嘘をつくより
しかし多くの住人たちにとって、思惑のはずれた都市計画はむしろ好ましかった。街路樹とグリーンベルトを贅沢に調(あつら)えた道路は渋滞することがなく、公園は多すぎるほどで、休日に家の周辺を散策していると、いかにも支払った税金を取り返しているとい…
青山通り沿いに建つミヤコテレビドラマの新社屋は、通り沿いとはいいながらもずいぶん奥まったところにその威容を屹立させていた。エントランスの懐の深さは、ほかの高層ビルにもない、ある種の別世界ぶりを際立たせている。二十数階の高さを誇る建物は周囲…
桜川邸は高い塀が張り巡らされた、タイル張りの大きな家だった。表門は閉ざされ、車庫のシャッターも下りている。さながら要塞のような冷たい趣の邸宅である。 雫井脩介さんの犯人に告ぐ
車から降り、家の前に立った。門扉が錆びた小さな門、形ばかりの庭があり、その先に玄関ドアがあった。ドアまでのアプローチに置かれているのは、四角い石がたったの四枚。 東野圭吾さんの危険なビーナス
ほかの町と同じような商店街があり、スーパーマーケットやドラッグストア、本屋、不動産屋、洋菓子屋、パン屋、喫茶店、学習塾、美容室などが通りに連なっている。その一帯を抜けると、北に伸びる二車線道路の左右に民家やマンションが立ち並ぶ住宅街へと風…
[今井文具堂]は駅前といっても目抜き通りの外れに建っているのだが、創業は戦後すぐにという、なかなかの老舗らしい。三階建てのオフホワイトのタイルが張られた店舗は、十年くらい前に、今は亡き先代の創業社長が置き土産のように建てていった悲願のビルな…
閑静な住宅街の表現 商店街を抜け、道を何本か曲がると、町の雰囲気ががらりと変わった。緑が豊かな住宅街で、洒落た民家が増えてくる。 東野圭吾さんの虚ろな十字架
すごい屋敷の表現 本郷会長の自宅は、豪邸というより城郭と呼ぶ方がふさわしかった。周囲を堀が囲み、さらに石垣と有刺鉄線を張った高塀で、来る者を徹底的に拒んでいた。 「これはまた、すごいお屋敷ですな」 真山仁さんの売国より
さびれた街の表現 高岡市の中心から外れているせいか、ひなびてひっそりとした印象の街だった。駅前通りだというのに、壊れたままの自動販売機が放っておかれたままになっている。今とはデザインが違うコーラの缶が日焼けして倒れていた。 辻村深月さんのゼ…
豪邸の入り口の表現 門から玄関までのアプローチは、煉瓦敷きのS字型の歩道だった。両脇にはバラの花が咲き乱れ、小さな噴水まである。玄関扉を開けると、団地の自分の部屋より広い空間が広がっていた。 垣谷美雨さんのニュータウンは黄昏れてより