2021-01-30から1日間の記事一覧
気がつくと車は、銀杏の落葉が散り敷く石畳の坂道を登っていた。 時刻は真夜中だったと思う。黄色い落葉の絨毯のただなかに、シクラメンが赤いぼんぼりを並べたように咲いていた。 浅田次郎さんの鉄道員(ぽっぽや)より
ボスは細巻きのシガーをくわえると、私にも一本勧めた。肩ごしの出窓には、絹を張ったような秋空が拡がっていた。 浅田次郎さんの鉄道員(ぽっぽや)より
小谷は私の想像を見透かしたように、グラスをくわえた唇の端で笑った。 浅田次郎さんの鉄道員(ぽっぽや)より
目尻に魅惑的な皺を寄せて女は微笑んだ。齢は三十なかばだろうか。 浅田次郎さんの鉄道員(ぽっぽや)より
名刺を受け取った女の手は、琺瑯(ほうろう)のように白かった。 浅田次郎さんの鉄道員(ぽっぽや)より
舗道から少しさがったアプローチには、瑠璃色の瓦が敷かれていた。白い夜光看板はクラシックな外観には不似合いだったが、そのかわり真鍮の把手のついた大きな扉のきわに、細工をこらした青銅の軒燈がともっていた。 浅田次郎さんの鉄道員(ぽっぽや)より
お屋敷の塀ごしに、欅(けやき)や銀杏の大樹がうっそうと枝を伸ばし、石畳のゆるい坂道の空をすっぽりとおおいかくしていた。 浅田次郎さんの鉄道員(ぽっぽや)より
肯く父の細い顎から、涙が滴り落ちた。 浅田次郎さんの鉄道員(ぽっぽや)より
ガードレールに腰をおろした若者たちに向かって、貫井は訊ねた。鶏のとさかのような髪をかしげ、耳にぶら下げたピアスを振って、若者たちは笑い返した。 浅田次郎さんの鉄道員(ぽっぽや)より
酔った瞳にネオンが爆ぜた。 湿ったメガネの中に赤や青や黄色がにじんで、とっさに踏みこたえとき、貫井は靖国通りの向こう岸にふしぎなものを見た。 浅田次郎さんの鉄道員(ぽっぽや)より
深夜だというのに、歌舞伎町と東口とを往還する人の波は絶えない。人々は風の動かぬ華やかな夜の中を、熱帯魚のように群れをなしていた。 浅田次郎さんの鉄道員(ぽっぽや)より
湿った熱気が腐れ藻のようにまとわりつく晩だった。ゴールデン街の酒場を出たとたん、すえた臭気に胸をつかれて、貫井は遊歩道の植込みに吐いた。 浅田次郎さんの鉄道員(ぽっぽや)より