小説から表現、描写を学ぶ。坂木司さんのウインター・ホリデーより
「だろうな。あいつは優しい奴だし」
俺がうなずくと、鞭のような声が飛んで来た。
「わかったようなこと、言わないで」
どこもかしこも、塗りつぶしたように真っ白。しかも目の前には、まだ勢いよく降り続く雪。そのせいでどこか薄暗い空は、ちょっと不吉な感じすらする。
今どき少数派であろう、前髪ぱっつんの短めおかっぱヘア。細い首。意志の強そうな目。色白なのは、具合か悪いからだろうか。
「そいじゃま、ひとつ」
言うや否や、瓶の口を一気に傾けた。「あ」と声を上げるのを無視して、角度を固定し耳を澄ます。とくとくとくと小気味の良い音が鳴り響くと、皆も口を閉じた。
ぎりぎりのところまでスピードを緩めず、溢れる一歩手前で瓶の口を上げ、くるりと回す。すると最後の一滴が落ちたところで、表面張力が完成する。透明なレンズのように表面が盛り上がったグラスを、俺はボスの手元に滑らせた。
「乾杯!」
かちん、とグラスが合わされたあと、つかの間の静寂。喉を滑り落ちる酒のきりりとした風情に、俺は思わず目を閉じる。
どうしてこんなに、ぎくしゃくするんだ。せっかく、うまくいきそうな感じだったのに。手足がバラバラに動いているロボットのような気分で、俺は首を傾げる。なあ、何が悪い? どこで間違った?
隣で揺れる、小さなつむじ。こうして進と歩いていると、もうずっと二人でこうしていたかのような気分になるのが不思議だ。これが血のつながりってやつだろうか。
「そんなにうまい酒なのか」
「香りが抜群によくて、喉ごしは辛口。でも飲んだあと、なぜか口の中がほんのり甘いんです」
もちろん後に残ったり、悪酔いなんてしません。俺がそう言うと、ボスはごくりと喉を鳴らした。