「真相 横山秀夫」の表現をまとめただけの資料です。
篠田佳男は灰の伸びた煙草をくわえ、自分のデスクで目を閉じていた。五秒でも十秒でもいい、ゆうべの夢の続きが見れないものか。半分は本気で考えていた。
佳彦……。
昨夜の再会は数瞬だった。照れ臭そうな表情は十五の時のままだが、真っ直ぐな瞳の奥に、多くの経験と確かな教養を蓄えた自信を覗かせていた。体はすっかり逞(たくま)しくなって、背丈は篠田を抜いていた。よう、と声を掛けると、よう、と応えた。もう一端(いつぱし)の男だ。そうだろう、あの事件から間もなく十年になるのだから。
湯呑みが置かれる音で薄目を開いた。鹿沼愛子はもう背中を向けていた。そのパンツスーツの後ろ姿が離れるにつれて視界が広がり、重なり合う声が現実のものとなる。一つ息を吐き、篠田は椅子の背もたれから体を起こして煙草を揉み消した。
ーーー何様のつもりだ。
篠田は切った電話を一睨みして、顧客リストを開いた。
えっ……?
篠田は受話器を握ったまま硬直した。
思考も感情も動かなかった。
耳だけが、敵の気配を探る獣のように機能していた。
篠田は再び受話器を握った。東京03……その先が出てこなかった。篠田は手の甲で何度も額を叩き、記憶の在処(ありか)を攻めたてた。
顔に見覚えのあるギョロ目の記者が無遠慮に膝を詰めてきた。確か「県友タイムス」の今井とかいった。事件後三年、五年、といった節目の折に取材に訪れていた。
美津江を怒鳴りつけても仕方なかった。篠田は部屋を飛び出し、音を立てて階段を下った。
五回目のコールで美香が出た。
「俺だ」
《あっ、お父さん……》
怒られるのを覚悟している声だった。
「なぜ来ない?」
「何だ?」
「長かったですね」
美津江の言葉が胸に沁み入った。
しばらく闇を見つめ、篠田は言葉を返した。
「ああ……本当に長かったなあ……。正直いうと、俺はもう半分諦めてたんだ」
言って、稲森は篠田の目を覗き込んだ。
続けて下さい。目で返した。
膝が畳で回り、森がこちらに体を向けた。俯いている。長い睫毛(まつげ)が濡れている。
「はい……」
消え入りそうな声だった。
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「十八番ホール 横山秀夫」
「落とす……?」
津川の目に一瞬憐れみの色が浮かんだ。袖を荒っぽく振って樫村の手を弾き、スタスタと出口に歩いていった。
もつれる足で後を折った。
「この野郎、待て!」
言葉とは裏腹に、レンズの奥の瞳には優しさも親しみもなかった。
心にすっと冷たい風が吹き込んだ。
「不眠 横山秀夫」
山室が非難めいた口調で言うと、大学院生の口から含み笑いが漏れた。
「じゃあ、やめますか」
山室は大学院生の顔を見つめた。
悪戯っぽい光を宿した瞳が見つめ返してきた。
当面は失業保険で食いつなぐよりほかに手がなさそうだった。
花輪の海
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