人生も後半戦! これから先も楽しもう!

人生も後半戦になったら、これまでの生き方に後悔することもあります。しかし、後悔しても仕方ない。この先楽しく生きるためにいろんなことに挑戦

堂場瞬一さんの「ラスト・コード」から学ぶ表現、描写

私は定年後に趣味と実益をかねて小説を書けるようになりたいと思っています。

今でも、とりあえず書いているのですが、なかなか難しい。

短編を書くのがやっとで、その出来上がった小説を読み返してみると、なんとひどいことか。

自分の表現力や描写の稚拙さに情けなくなり挫折しそうになります。

そこで、小説家の方々の素晴らしい表現、描写をここに残して、身につけていこうと思っています。

私と同じように小説家の表現、描写に興味のある方はご覧下さい。

今回は堂場瞬一さんの『ラスト・コード』です。

 ママもよくあんな人と結婚する気になったよね……明るく美しい母親の面影を思い出すと、少しだけ風景が歪んだ。

「ミサキ」

 声をかけられ、振り向いた。一本に縛った髪が揺れて、頬に軽く打つ。

 高野が指先をワイシャツの胸ポケットに入れて、煙草を一本引き抜く。禁煙のこの部屋では吸えるわけもないのに口にくわえ、ぶらぶらさせる。

「だが今のところ、完璧な、安全な治療法はない」いつの間にか、高野の台詞回しは歌うように滑らかになっていた。

「はい……ああ、その件は分かってる。判子は明日で間に合うから。今、手が離せないんだ……いや、庁舎内にいるけど、忙しいんだ」

 切った電話を憎々しげに睨みつける。

「一柳さんが殺されるような理由に、心当たりはありませんか」

 それまで家族中心で話してきたのに、長沢がいきなり本筋に切りこんだ。清岡が背筋をぴしりと伸ばして、喉仏を上下させる。

「仕切りがどっちかなんて、どうでもいいんだ」高野が勢いよく首を振り、くわえた煙草が揺れた。

 高野が思い切り煙を吸いこむ。怒りと焦りを表すように、煙草の先が思い切り赤くなった。

「どうも」無愛想の極致。喋ると自分の価値が落ちる、とでも考えているのかもしれない。ひょこりと頭を下げると、ポニーテールが勢いよく跳ねる。

 美咲が顎を引き、体を少しだけ前傾させて歩調を速める。まるで、誰かに追われているようだった。

 昼なら、モノレールが見えるはずのロケーションだが、この時間だと暗闇が全てを圧倒していた。

 美咲は、また頬杖をついていた。街灯の光を浴びて、真っ白なうなじが一瞬浮かび上がる。

「どうして? 家族のことなのに、何でそんなに冷静なのかな」余計なことだと分かっていたが、つい訊ねてしまった。

「それが分かったら、犯人を逮捕できるんですか?」

 開きかけた口をゆっくり閉じる。言い合いになったら勝てそうにないーー

「そうか」高野が拳で顎を二度、三度と叩いた。時刻は既に午前二時。目は充血し、吐き出す言葉はしわがれている。

 冴はその間、コーヒーも飲まず、彫像のように固まってじっと耳を傾けていた。

 中央道に車を乗り入れた瞬間、初めてアクセルを思い切り踏んでみた。

魂がその場に置いていかれそうな加速に、筒井は全身から血の気が引くのを感じた。

 遠目には無地に見えるほど細かいストライプのスーツ。生地には張りがあり、ワイシャツの白も目に痛いほどだった。

 音が体に染みこんできて、わずかだがリラックスできた。

「ドアは開けたままにしておくよ」

「どうぞご自由に」くぐもった口調で言って、美咲がひらひらと手を振る。意識は既にパソコンに向いているようだった。

「だったら、小野寺の事務所には別の張り込み班をつけよう。そして我々は独自に、筒井の居場所を推理するとしようか」高野が背中を壁から引き剥がした。

 高野が唇を尖らせ、音を立てずに口笛を吹く真似をした。「確かに、裏づけになるな」と低い声で告げる。

 ちらりと美咲を見ると、静かに寝ていた。規則正しく胸が上下している。起こさないようにと、筒井は隣の部屋へ移った。

 冴は何も言わず、うなずきもしなかった。だが、漆黒の瞳を見ているうちに、彼女は自分の問いかけに、心の中で「イエス」と答えていると確信した。

「そうだな。奴には前科があるわけだし」島は、胃の中に硬いしこりができたように感じた。自分がかかわったわけではないが、あの時、もう少し上手く処理する方法もあったのでは、と思う。

 目は半分閉じ、普段はさらさらして輝きのある長い髪はぼさぼさで、突いたらすぐにも爆発しまうほど不機嫌そうに見えた。

 突然電源を切られたように、美咲が唇を引き結んだ。目が潤み、今にも涙が零れそうになる。耐えるためなのか、続いて吐き出した言葉の調子は、低く抑えられていた。

 おそらく毎日同じ時間に家を出て、駅までかかる時間も同じだろう。メトロノームの動きのように、きっちりとリズムを保って生活しているタイプのように見えた。

「ちょっと伺いたいことがあるんですが、時間をいただけますか?」

「急いでいるんですが」大袈裟に左腕を上げてみせ、スーツの袖口から時計を覗かせた。小振りなロレックス。

 冴が、カップ越しに私の顔を見た。探るような目つき。ああ、この人もまだ刑事なんだ、と美咲は悟った。もうずっと昔に辞めたって言ってたけど、習性は簡単に抜けないのだろう。

 筒井は人の塊を割るようにして隣の車両に乗り移り、頭が網棚の所まで届く男を隠れ蓑にして、石澤の様子を確認した。

 先を読んでドアの近くに移動していた筒井は、石澤よりも一歩早くホームに出た。歩きながら、上半身の縦横がほぼ同じサイズの男を盾にする。

 時に皮肉を吐いたり反発したりするものの、基本的に美咲の感情はフラットなのではないかと思った。人の感情は、皺だらけの布のようなもので、目の前が小さな山でも、一センチ進むと谷になる。それが普通の状態なのだ。感情は常に揺れ動き、決して二十四時間同じではない。しかし彼女は自分の感情にアイロンをかけ、山も谷もなくしてしまったようだ。

「本社から、開発停止の命令が出たのは、二年前の五月ですね?」筒井は殴り書きしたメモを見直した。その部分に二重の下線を引き、最後にボールペンの先を叩きつけるようにピリオドを打つ。

「一柳さんは、ナノマシンの情報をどこかに流していませんでしたか?」

「は?」

 清岡の声は、頭から抜けるようだった。この驚き方は演技ではない、と判断する。

「泣いてません!」美咲が言葉を叩きつけた。両手をきつく拳に握り、両脇に垂らしている。肩が震えていた。

「喋るつもりはありません」

「分かった」島の喉仏が上下した。