玉蘭が、思い切り首に抱きついてきたのだ。
ほんの一瞬の出来事だった。けれど、彼女の甘い香りとやわらかな体の感触が、英才の全細胞に沁み入ってきた。
はるかに青くかすんで見える台北の街。小さな機影が、朝の光のキャッチして、銀色に輝きながら彼方へと飛び去っていくのが見えた。
亡くなる直前に、私の手を握ってさびしげな色をたたえた瞳で、じっと私を見つめていた母。
エリオットは、コン、コン、コン、と三回、生真面目な音を立ててノックした。ヘロデは背筋を伸ばし、小さく咳払いをした。いつものように、厭な汗がじんわりと滲み出るのを背中に感じる。
彫りの深い浅黒い顔。たくましい眉の下の黒い目が、ぎょろりと正面を見据えた。彼の目の前に直立していた白髪の男が、うやうやしく頭を、フランス語で言った。
「ようこそお越し下さいました、ヘロデさま」
紺碧の海を背景にして、モンテカルロの市街を見渡す小高い丘の坂道を、黒塗りのジャガーXJが滑るように進んでいく。
ミリが、冷たい水滴が留まっているボトルクーラーから黒いボトルを取り上げて、ネゴのシャンパングラスに金色の液体を注いだ。ドン・ペリニョン・プラチナ一九六九年は、景気づけにボスが仲間たちに贈ってくれた一本に違いなかった。
「はあ、すごい人。窒息するかと思った」
大きく息をついて、玉蘭が言った。制服のブラウスの襟元を指先でつまんで風を入れている。何気ない仕草だが、英才にはグッとくる。
周辺には高層ビルが霞んだ空を突き刺すように林立している。
またしても細い眉毛を吊り上げて、ヤミーが言った。すかさずミリが仲裁に入った。
輝くブロンドの長い髪、すらりとした長身にシフォンのドレープがエレガントなベージュのブラウス、膝小僧が見える黒いタイトスカート。豊かな胸と腰回りに絶妙にフィットして、スタイルのよさを際立たせている。抜けるような白い肌とブルーの瞳。整った眉とマスカラなしでもじゅうぶんに長いまつげ。
大小の船が航跡を残しながら湾を行き交い、ひっきりなしに飛行機が濁った空をかすめて飛んでいく。