「若い頃は、なんで自分だけこんなに苦労するんじゃろ、なんて思ったこともあるよ。生きとるのが嫌で、いっそ命を絶とうかと考えたこともあるんよ。でもねぇ、長く生きとると、自分だけが不幸じゃなんて、思わなくなってきたんよ。ええことも悪いことも、みな平等に訪れるんやなぁと思うようになったんよ」
鶴は神場に目を戻した。
「人生はお天気とおんなじ。晴れるときもあれば、ひどい風のときもある。それは、お大尽さまも、私みたいな田舎の年寄りもおんなじ。人の力じゃどうにもできんけんね。ほんでね」
鶴は、ちょっとおどけるように肩を竦めた。
「ずっと晴れとっても、人生はようないんよ。日照りが続いたら干ばつになるんやし、雨が続いたら洪水になりよるけんね。晴れの日と雨の日が、おんなじくらいがちょうどいいんよ」
「すべての人間が、本人の意思とは関係なく、この世に産み落とされる。望まれて生まれてくる命と、そうでない命 だが、命の重さは変わらん。どの命も、この世に生を享けたことを祝福されるべきだ。祝福する人間は、ひとりでも多い方がいい。その人間が、自分とは赤の他人の、刑事であってもな」