「我慢に我慢を重ねるのは美徳じゃないよ、お母ちゃん。ストレスが溜まって早死にするよ。性格もどんどん歪んでお腹の中もどす黒くなるだけだよ」
「そう言われると、そうね」
知子は、晴美に調子を合わせないと悪いような気がして、つい同調してしまう。いや、これが自分の悪いところなのだ。相手の気分を害さないことを何より優先してしまう。いつだって控えめな女を演じて、あとになって被害者意識を持つのだ。生き直すのだから、もうそんな卑屈な自分は卒業したい。
そういえば、中学高校を通して、弁当箱を洗ったことなどほとんどなかった。どうしてそのくらいの手伝いができなかったのだろう。早朝から夜遅くまで働いている母を、なぜ少しでも助けてやろうと思わなかったのだろう。当時の自分が情けなくもなり、そして母に申し訳なくもあり、切ない気持ちになった。
会社を辞めて専業主婦になってからも、鯵のフライなど面倒で、一度も作ったことがない。そういう手の込んだ料理は、スーパーの惣菜コーナーで買うのが普通だと思うようになったのは、なぜだったのだろう。そのくせ、できあいの揚げ物は衣が厚すぎると、常に不満を持っていたのだ。
東京での、手を抜こうと思えばいくらでも抜ける便利な生活にどっぷりと浸かってしまっていた。要は、妊娠を機にさっさと会社を辞めたくせに、主婦としてのプロにさえなれなかったということなのだ。