「久美ちゃん、今、メモなんて誰だってできると思ったでしょ?」
「ええ、まあ」
「そういうところが苦労知らずなんだよ。うまくメモ取れないヤツが世の中にたくさんいるってことは、頭のいいあんたには一生理解できない。神様はね、ほんと不公平なんだ」
ずしんと胃の辺りが重くなった気がした。何でもわかっているつもりになっているつもりになっていたが、実は周りのことが全く見えていなかったのかもしれない。
どんな小さな約束でも守らなきゃダメよ。約束が小さければ小さいほど、破ったときに信頼を失うわよ。
「来年は小学校入学でね、公立なのにものすごくお金がかかるんだよ。ランドセルだって五万円はするらしく涙が出そう。だって入学式でお古のランドセル持ってる子なんて見たことないもん。世間の人ってみんなホント金持ちだよね。私はパート二つかけもちして朝から晩まで働いているのに生活は厳しいよ」
「別にランドセルじゃなくても、どんな鞄だっていいのに。まったく嫌になっちゃうね」
ヒトミは自分のことのように怒っている。「だから日本人は馬鹿だっつうんだよ」
初対面のときはあんなに印象が悪かったのに、人というのは色んな面があるらしい。
「あんた、いっぺん逆の立場になって考えてごらんよ。ここらの相場だと、一反の賃料は年にたったの一万円だ。都会から来た若もんに貸したりしたら、どんなトラブルを起こされるかしれないのに、たかが一万円欲しさに貸す人間がいると思うかい? いるとしたらそれはボランティアってヤツだよ」
「なるほど」
初めてストンと腑に落ちた。「逆の立場なら、きっと私も貸しません」
「男女平等が謳われるようになってから真っ先に変わったのは、実は、男性なのよ。女性を守るという最低限の気遣いを一切しなくなったわ」