堂場瞬一さんの長き雨の烙印の表現、描写
「イチャモンって、どういうことですか」憤りで東の声がひび割れる。
「お元気ですか? 久しぶりですね」人の心を撫でるような穏やかな声だった。
「庄司智明。知ってますよね」
「庄司って、まさか……あの庄司か」緊張で安生の声がひび割れる。
桑原は無言で安生の顔を見詰めた。二人の視線が一瞬だけ絡み合ったが、安生はすぐに目を逸らしてしまった。目の色が暗くなり、唇が不安そうに捻じ曲げる。
「そうか……そうかもしれないな。そうあって欲しいってところか……」何か言いたそうだったが、柳澤の言葉は宙に溶けた。この会話が彼にとって居心地の悪いものであろうことは、容易に想像できる。
妻の顔は先ほどにも増して青白く、薄い唇は不機嫌に引き結ばれていた。
悪いことをした ーー 謝罪の意味を吟味するために、頭の中で転がしてみる。言葉をそのまま受け止めるのは簡単だが、それが本音がどうか分からない。
「だけど、子連れの結婚式なんてみっともないでしょう」綺麗にアーチを描いた母親の眉毛が歪んだ。
首を回すと、体の中でばきばきと枯れ枝が折れるような音がする。「体ががちがちだ。少し解さないと」
バーボンの瓶と氷が入ったグラスがすぐに出てきた。指二本分注ぎ、グラスを揺らして氷に冷たい音を立てさせる。一息で呑み干し、すぐに新しく注いだ。直美が軽いしかめ面を浮かべてこちらを見ているのに気づき、グラスを軽く振って見せる。
「大丈夫、二杯でやめるから」
街を東西に貫く国道を見下ろした。制限速度を無視して行き交うトラック、冷たい闇を単眼のヘッドライトで切り裂くオートバイ、赤色灯の血の色を撒き散らしながら走るパトカー。
調理場から主人の安斉が顔を出す。短く刈り上げた髪はすっかり白くなっているが、人懐っこい笑顔は初めて店に入った二十数年前からほとんど変わっていない。
島田が極めて優秀な証人だったのは間違いない。死にかけた少女を発見するというのは非常に衝撃的な出来事だが、島田は冷静にディテールを覚えており、襞(ひだ)の一枚一枚を数えるような細かな説明は、最初から全く揺るぎがなかった。
コートに包まれた細い肩はうなだれ、痩せ細った年寄りのように見えた。早くも薄くなり始めた髪が強風に吹かれて頼りなく揺れる。慌てて掌で押さえて撫でつけたが、手を離すとまた風に煽られた。
ひどく乱れた髪形に見えるが、ワックスを使ってこの形に整えるのに、毎日二十分かけていることを伊達は知っている。眉も綺麗に整えられ、顔には産毛すらない。流行の細身のコートに身を包んでいたが、防寒という本来の目的には役立たないように見える。
部屋の空気は冷たく淀んでおり、座っていると震えがくるほどだ。布団は用意してあるが、後で毛布を追加させよう、と頭の中に書き込む。
脂の浮いた顔には深い疲労が滲んでいる。
今回の事件のディテールは、確かに二十年前の事件と酷似していた。しかし微妙に違う。間違ったジグソーパズルの一片を無理に押しこんでしまったように、合わないのだ。その微妙な差異が、伊達の心に今も棘のように食いこんでいる。
一瞬、脇坂の巨大な目が糸のように細くなった。長いつき合いで、本気で怒っていることがわかる。
ワイシャツの胸ポケットから煙草の箱を取り出し、きつく握り締める。皺だらけになった一本を静かに引き抜き、唇の端にぶら下げた。火は点けず、ライターを手の中で弄びながら、煙草の香りだけを必死に吸いこむ。
車は地下駐車場を出て、短いスロープを上げる。闇から明るい空の下へ。フロントガラスを突き抜けた晩秋の陽射しが、たちまち車内を白く染め上げる。日光を恐れるように、庄司が目を細めて額に手を翳した。
現場で煙草はご法度だが、構うものか。鑑識の連中に背を向け、掌を丸くしてライターと煙草を覆い、火を点けた。