ひょっとしたら、はにかんだ笑みぐらいは見せるのではあるまいか。そんなふうに思っていたのだ。
だがー。美和は洗い物に目を落としていた。表情は石のように硬い。
激痛。安斎は下腹を押さえた。視界が歪み、黄色に染まった。
切れ長の美しい瞳は伏せられたままだ。薄い紅をひいた唇が微かに震えている。額にはうっすら汗が浮かび、それが一筋、こめかみに線を引いた。
車は書店裏の薄暗い駐車場に滑り込んでいた。
自動ドアを分けて店内に入る。ポルノ雑誌のコーナーに、電脳系に取り残された中年の男たちが三人、四人……。その視線が一瞬、真知子の顔と体を舐め、グラビアの中の巨乳へと戻っていく。
車窓は暗かった。田園地帯の深い闇と、それを侵食する住宅団地の浅い闇とが入り組む県道をヘッドライトが切り裂く。
真知子は、車のエンジンをかけ、シートを倒して身を預けた。目を閉じる。その瞼が引きつった。身体の中を虫が這いずり回る。無数の足と無数の触角がチリチリと神経組織をいたぶり、真知子を苛立たせる。
真知子はベージュのパンツスーツに身を包んだ細い体を車に滑り込ませた。
アスファルトの照り返しがきつかった。焼けつくような日差しが体の芯にまで達していた。
美しかった。顔をすべて晒した潔い髪形。油断のない化粧。ベージュ色のタイトスカートが体の線を強調し、白いハイヒールを無理なく履きこなしていた。
同僚たちの目は、山本の顔を見るなり宙をさまよった。それは誰かが合図でもしたかのように揃ってそうだった。
街はうだっていた。焼けたアスファルトが陽炎に歪み、そこを歩く誰もが、もはや今年の猛暑を疑っていない顔だった。
大きく張り出した頬骨。猛禽類のような鋭い目。そこまでは保存の顔写真で知っていたが、実物は、その顔の下にラグビー選手を思わす巨体を持っていた。
<お休みのところすみません>
硬い声が耳に吹き込まれた。本部警務課の井岡係長。貝瀬の直属の部下だ。
父は娯楽室にいた。壁に向かってだらしなく胡座をかき、目脂(めやに)の底に沈んだ瞳を畳の一点に落としていた。薬が効いている。年を追うごとに量を増す薬が、父の言葉や表情や癖までも一つずつ奪ってきた。
「失礼ですが、どちらさまでしょうか?」
<申し訳ありません。事情があって名乗ることができないのです>
えっ? 山本の頭は空転した。