2022-01-16から1日間の記事一覧
「待ったら、いけんがな。あれは、もう、帰ってきゃあせん」 女将の声が紫紋の鼓膜に重たく響いた。 原田マハさんのまぐだら屋のマリアより
糸がふっつりと切れてしまったように、記憶はそこで止まっていた。 原田マハさんのまぐだら屋のマリアより
「え、ほんと?」 マリアは、花開いたような笑顔になった。 原田マハさんのまぐだら屋のマリアより
いつもは紫紋より三十分遅く出勤するマリアが、目の前に現れた。ふいに胸が鳴った。真っ白なノースリーブのワンピースを着て、長い髪をさっぱりと結い上げている。 原田マハさんのまぐだら屋のマリアより
目の前が急に拓けた。なだらかな斜面に苔むしたたくさんの墓石があった。背中を丸めた群衆のように密集して立っている。彼方に海か浮かんで見え、群青の帯を作っている。その手前には尽果の集落、家々のトタン屋根や瓦屋根が初夏の光を弾いて光っている。 原…
海の日を過ぎてもまだ雨が降ったりやんだり、紫紋は、空と海を灰色の絵の具で溶かしてしまう季節にうんざりしていた。 原田マハさんのまぐだら屋のマリアより
泥のように重たい後悔に、いままでずっととらわれていた。けれど、この場所でのさまざまな人びととの出会いが、清水となって少しずつ泥を洗い流してくれた。 原田マハさんのまぐだら屋のマリアより
ひび割れた唇がやっと動いた。 「……つまんねえ話、ですよ」 原田マハさんのまぐだら屋のマリアより
「優しいのね」 囁くような声がした。紫紋は、こっそりと視線を上げた。薄暗い裸電球に照らし出されて、濡れたような瞳がみつめている。 原田マハさんのまぐだら屋のマリアより