沈まぬ太陽 アフリカ篇 下
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スッキリ ☆☆☆
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恩地がテヘランに赴任してから、恩地の母が危篤だと連絡が入り、すぐに日本へ帰国するが、母はすでに亡くなっていた。親の死に目にも会えなかった。
生前の母親は恩地がテヘランへ行くことにショックを受けていた。日本に帰るためにも、母親は組合でのことを会社に詫びるように言っていたが、恩地は拒んだ。
恩地自身、そして家族の心も荒んでいくのを感じた。
恩地が日本にいない間に、国民航空は第二組合「国民航空新生労働組合」をつくり、恩地たちの労働組合から組合員の引き抜きを始めていた。会社と一体となった新生労働組合へ流れていった。
恩地は日本に帰っても労働組合の活動をしないと約束すれば日本に戻すという差別に対して憤り、拒んだ。
日本に帰ることなく、テヘランの次の赴任先は未就航でオフィスもないアフリカケニアのナイロビだった。
国民航空が僅か五ヶ月間の間に三度も事故を起こした。
恩地が労組委員長時代に恐れていたことが起こってしまった。
恩地が空の安全のために国民航空労組の委員長として労働環境改善に闘ってきたが、会社は利益優先し、恩地を流刑に等しい勤務地へと配属した。その結果がこのような事故を招いたのだ。
国会の衆議院交通安全対策特別委員会で国民航空労組の沢泉委員長が職場環境の改善せずに利益優先してきたことが空の安全の低下につながっていると訴え、前委員長の恩地の今の待遇についても証言した。
この証言がきっかけで、国民航空の恩地に対する懲罰人事もあきらかになり、恩地は日本へ帰れることになる。
『御巣鷹山篇』へと続く。
こんな見え見えの懲罰人事に従わなければならないのか理解出来なかった。