緊張をほぐすつもりなのか、突然彼女は深呼吸を始める。パジャマの胸元が大きく上下し、俺の視線がそのあたりに集中する。小柄で痩せているとばかり思っていたが、勘違いしていたかもしれないなー いや、アホか。気付かれたらどうするつもりだ。
いつもキスだけで止まる恋人の行為はその日はそれだけで止まらなかった。
直接素肌を重ねてくれるのを今までずっと待っていたような気がした。
あのボストンの女の人は誰だったんだろう?
入江と初めて会ったときの「女の趣味変わったよね」という発言と一緒にときどき泡(あぶく)のように思い返される。
趣味が変わったというのはどういう意味だろう。
「……寒くない?」
明らかにまだ寝ぼけた声で布団も着せかける。
「うん、温い」
「よかったネ……」
そのまま眠りに落ちてしまう正のほうへ体の向きを変えると、正は半ば無意識だろうが由美が寝やすいように抱き直した。重なった素肌の温度が心地よい。
耐え兼ねたような秋庭の大声。肩が激しく掴まれた。大きな手のひらが顎を掴んで荒っぽく持ち上げる。
ー息が詰まった。触れた唇が同じ温度に、
熱い。
息をしていいのかどうか分からなくて、真奈は何かに怯えるように息を潜めた。
とうして、秋庭さんが、あたしにこんなことするの。
好きな人と初めてするキスは、こんなじゃないと思ってた。もっとロマンチックで優しくて、こんな、奪うような強引なのじゃなくてー
でも気持ちいい。
真奈が立ち上がると、秋庭が座ったままで真奈の腕を掴んだ。
「もうちっとくつろげ」
「でも、車熱くなっちゃいますよ。ここ涼しいから、長居するとギャップが辛いですよ」
「今から戻っても熱いもんは熱い。いいから」
言いながら秋庭が真奈の腕を引いた。片膝をたてて座った足の間に、尻餅を突かせるように座らせる。
心臓が跳ね上がりそうになるのを飲み下した直後、真奈はぎくりと体を強ばらせた。秋庭の腕が後ろから真奈の両肩に乗り、真奈の目の前で交差する。
背中に秋庭の体温が触れる。
秋庭が真奈を抱きしめた腕を緩めた。真奈の頭に軽く顎を乗せる。
「シャワー貸してね」と言って寝室のドアに手をかける。
「ちょっと待った」
「何?」
「もう少し、眺めさせてくれてもいいと思うけど」
冴が小さな笑みを浮かべ、くるりと一回転してみせた。形の良い乳房がふわりと揺れ、白い肌が目に焼き付く。
「じゃあね」
「それで終わり?」
ごろりと横になって天井を見上げた。冴が、私の肩に頭を載せる。髪が広がり、白いシーツを黒く染めた。暖かい吐息が、私の首筋をくすぐる。
「変なことになっちゃったね」私の気持ちを見透かしたように、彼女がささやく。
冴が手の甲で口を抑えながらくすくすと笑った。その笑いは長く尾を引き、私の肌を、心を柔らかくくすぐる。一瞬体を震わせると彼女がシーツを引き上げ、裸の肩を覆った。それからまた小さくなって、私の鼻をつまむ。
「よせよ」
「良かったじゃない、体は大丈夫みたいだし」
「大丈夫じゃない。ふらふらだよ」
「でも、試合の続きみたいだったわよ。女の子は、もっと優しく扱わないと」
私は、ジーンズに包まれた形のいい尻を、半ば呆然としながら見送るだけだった。
冴がおずおずと手を伸ばし、私の手に触れた。指先が触れた途端に、電流が走ったように、彼女が手を引っこめる。私は、指先から順番に血液が沸騰し、体中を熱湯が駆け巡るような衝撃に襲われた。案外柔らかく、華奢な指先である。その手を取り、包みこんでやりたい、と激しく思った。シートに浅く腰かけた冴の胸が、ジャケットの下で規則的に波打つ。
突然、背中から抱きしめてやりたい、という衝動に駆られた。なだらかな肩、細い腰を強く抱きしめ、髪の中に顔を埋めたい。