2022-07-03から1日間の記事一覧
細く痩せきった月が、今にも落ちそうな角度で夜に引っかかっている。 凪良ゆうさんの流浪の月より
ビルの向こうに見える涼しげな山並みとは裏腹に、盆地特有の密度の濃い蒸し暑さを感じる。すべてが喉に詰まるようだった。 凪良ゆうさんの流浪の月より
夏の夜明けは早く、東の空には炎のような薔薇色が立ち上がっている。けれど夜の領域にはうっすらと白い月がまだ残っている。 凪良ゆうさんの流浪の月より
出会ったころと印象の変わらない文を見つめていると、どんどん時間が巻き戻されて、ふたりで暮らした日々を思い出す。味のなくなったガムみたいな過去をわたしはかみ続ける。 凪良ゆうさんの流浪の月より
安西さんがきたのは七時を三十分ほど回ったころだった。二十代半ばの彼女は八歳の娘を持つシングルマザーで、昼間は運送会社の仕分けパートをしているそうだ。明るい茶色に染められた長い髪は根元が少し黒くなっていて、それをパレッタでひとまとめにしてい…
平光さんが扉を開けると、照明がぎりぎりまでしぼられた薄暗い空間が広がっていた。漆喰の白い壁に、味のある焦茶色のフローリング。間隔を広めに取ったソファ席と、壁に向かう形でカウンター席が作られている。 凪良ゆうさんの流浪の月より