朝から降り続いていた雨が上がり、薄雲が嵯峨野の山のいただきを墨絵のように霞ませている。 原田マハさんの異邦人(いりびと)より

閉じたまぶたの裏に涙が溢れ、まなじりを伝って落ちていく。その痛いようなぬるさを感じながら、菜穂はいつしか眠りに落ちた。 原田マハさんの異邦人(いりびと)より

うちのコレクションにあった、モネの「睡蓮」ね。あれ、売却したのよ。母・克子の言葉が繰り返し鼓膜の奥に蘇る。 原田マハさんの異邦人(いりびと)より

白いシャツに、ジーンズ。ベージュのパンプス。バレッタで無造作に結い上げた黒髪。 クレーの絵に向き合う後ろ姿こそが絵のようで、思わず見とれていた。 原田マハさんの異邦人(いりびと)より

ふと、彼女が振り向いた。思いがけず、一輝の視線と彼女の視線が、一直線につながった。 その瞬間、心臓に冷たい素手でひやりと触られたような感触があった。 凪いだ湖面のように静まり返った瞳。冬の木立のような凛とした立ち姿。 みつめられて、一輝は、そ…

ふと、彼女が振り向いた。思いがけず、一輝の視線と彼女の視線が、一直線につながった。 その瞬間、心臓に冷たい素手でひやりと触られたような感触があった。 凪いだ湖面のように静まり返った瞳。冬の木立のような凛とした立ち姿。 みつめられて、一輝は、そ…

朝露をとどめたような濡れた瞳で、ただ黙って菜穂をみつめていた。彼女のほうも、注意深く菜穂の表情を観察しているようだった。 原田マハさんの異邦人(いりびと)より

彼女を目にした瞬間、一輝の記憶の泉に、勢いよく小石が投げ込まれた。妖しい波紋が、一輝の中に一気に広がった。 原田マハさんの異邦人(いりびと)より

閉店間際の展示室で、クレーの作品が掛かっているパーテーションのあいだを、清流を遡る鮎のように、するりするりと抜けていった後ろ姿。 原田マハさんの異邦人(いりびと)より

白いシャツにジーンズのいでたち。ベージュのパンプスをはいている。色白の細面を縁どる、まっすぐな長い髪。泉のほとりにひっそりと咲く水仙のような、すらりとした立ち姿。 原田マハさんの異邦人(いりびと)より

智昭は、息子の顔をじっとみつめた。白目の部分ら、疲労からか、黄色く濁っていた。 原田マハさんの異邦人(いりびと)より

障子越しに部屋に差し込む外光は、絹のようになめらかで、座卓に広げた半紙の上をうっすらと照らしている。 原田マハさんの異邦人(いりびと)より

明るい雨が降っていた。まもなく天気が回復し、薄日が差すであろう予感を孕んだ明るさだった。少し蒸し暑くはあるものの、この湿気も京都らしく、菜穂は嫌いではなかった。 原田マハさんの異邦人(いりびと)より