人生も後半戦! これから先も楽しもう!

人生も後半戦になったら、これまでの生き方に後悔することもあります。しかし、後悔しても仕方ない。この先楽しく生きるためにいろんなことに挑戦

小説を読もう「疾風ロンド 東野圭吾」の言葉表現

疾風ロンド 東野圭吾

極秘の生物兵器が盗まれ、三億円を要求されていた泰鵬大学医科学研究所長東郷だが、犯人の葛原は事故で死んでしまう。三億円は必要なくなったが、早急に生物兵器を見つけださないと多くの死者を出してしまう恐れがある。
生物兵器の隠された場所のヒントは葛原から送られてきた写真だ。写真は雪山やブナの木の下に埋められた生物兵器、そのブナの木に吊るされたテディベアなどか写っていた。テディベアが発信器になっていてこれが手がかりだ。
栗林は写真の雪山をどこか突き止め、生物兵器を探しだすことを東郷から命じられる。
栗林は息子の秀人の助けで雪山がどこかを突き止め、現地で捜索を始めるがスキーが得意でない栗林にとって苦闘の連続。地元の人にも協力してもらうが予想外のことも起こりハラハラの連続。
雪山の地元で暮らす人の苦悩や喜びなどもからみ、最後まで気が抜けない展開です。


書き出し

小雪が舞ってきた。しかし時折日が差すという天候で、コンディションは上々だった。おかげで目的の地点には、ほぼ予定通りの時刻に辿り着いた。これまでに何度か来ている場所だけに、迷うことはなかった。
だが初めての人間には無理だろう、と葛原克也は周囲を見渡して舌なめずりをした。

スキー場のコース外、密集した木の間を見事なテクニックで滑り抜けていく千晶の姿が瞼に蘇った。

尻餅をついた瞬間、痛みが腰から脳天に突き抜けた。

「そうか。やっぱり、そういうことになっていたか」生物学部長の東郷雅臣は右肘を机に載せ、拳を口に当てて唸った。

怒気を含んだ東郷の声が、栗林の鼓膜を響かせた。思わずスマートフォンを耳から遠ざけた。

「その後は? 何を話せばいい?」
ふっ、と息を吹く音が聞こえた。「相手を油断させるのが目的。適当に世間話をすればいい。それぐらいできるでしょ。子供じゃないんだから」

「それならー」
「私にはできません」今度は栗林が言葉をかぶせた。「ふつうのコースを滑るのが精一杯なんです。しかも尻で滑っている時間のほうが長いぐらいです。コース外をスキーで移動するのは不可能だと断言しておきます」

栗林が目を見開いてから、瞬きを繰り返した。「どういうことですか」

会話を秀人に聞かれたくないので、宿の外に出ている。寒さに耐えるため、電話をしている間はずっと足踏みを続けていた。

「にいさん、何か探してるのか」バスの陰から運転手らしき男性が現れ、尋ねてきた。制服を着て、帽子を被っている。口には爪楊枝をくわえていた。

「じゃあ、どこの誰かもわからないわけですか。その相手のスキーヤーは」店を出ながら栗林は訊いた。声が震えたのは、寒さのせいではなかった。

「あの男が被ってたじゃない。昨日、あたしたちのことを見張ってたやつ」千晶はじれったそうに両手の拳を振った。

「本当ですか。よく考えてみて下さい。どこかでしゃべったんじゃないですか」
「そんなはずはないよ。口に出したのは、今が初めてでー」そこまでいった後、栗林は突然大きく口を開け、ああああ、と裏返った声を発した。
「どうしたんですか」根津が訊いた。「しゃべったんですか」

栗林さん、と根津は声をかけた。「一つ、意見をいってもいいですか」
「意見? あ、はい」スマートフォンから手を離し、背筋を伸ばした。「何でしょう」

予想外の内容だったのか、眼鏡の奥で栗林の目が揺れた。少し間があってから、いやいやそれは、と彼は手を振った。「できません。無理です」

栗林は根津のほうに手のひらを向けた。
「あなた方には感謝しています。どんなに感謝しても、しきれないぐらいです。、でも、私も所詮は組織の人間、上からの命令には逆らえないんです。ごめんなさい」